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危険と知っても妊婦が「マタ旅」をしたいのは、それが「最後の晩餐」だからではないか

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育児日記

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 「マタ旅」

 その名の通り、妊娠中の(マタニティ)女性が旅行を楽しむことだが、これには様々な方面から賛否が向けられているようだ。

 少し前の話になるが、女性の妊娠・出産にスポットを当てたヒューマンドラマ『コウノドリ』(TBS系)でも、妊婦が海外旅行を計画し、産科医師がそれを制止する場面があった。

 丁寧にリスクを説明する医師と、「大丈夫大丈夫!」と聞く耳もたない妊婦。ストーリーはその後、紆余曲折あり、最後は「決めました! 海外やめて国内にします♪」と告げる妊婦に、「うーん」と苦笑いする医師。結局その妊婦は「マタ旅」に行く方向で、しかし医師としては推奨したくないというニュアンスだった。

 妊娠中という通常の状態ではない身体で遠出をすることは「できれば避けたほうが良い」ことぐらいは素人でも容易に判断できる。

 つわりがおさまっても、眠気やだるさ、膨らんでくるお腹、圧迫される胃腸などそこそこの体調不良が続くことは、妊婦当人が一番よくわかるだろう。それなのに、出産を控えた身重の妊婦がわざわざ「マタ旅」を計画するのにはどういった背景があるのだろう? たまたま経過が順調で体調も良いため、妊娠・出産を甘く捉えた、軽率な女性が取る行動なのだろうか?

 いやむしろ、「妊娠中だから」積極的に旅行に行こうとする女性も少なくないのではないか。

客観的に見る「マタ旅」のリスクとは

 妊娠・出産は自然の営みのように見える一方、とてもデリケートなもので、明日突然何が起こるかわからないという側面がある。私は妊娠判明時から何ひとつ異常なく臨月を迎え、いよいよ予定日という時に胎児に異常が見つかりバタバタと緊急帝王切開をした。

 私の場合は出産のため入院してからの異常だったため迅速に対応してもらうことができ、無事出産を終えることができたが、分娩で胎児が、また母体が危険に陥っても決して不思議ではないのだ。

 遠出の旅行ともなれば、長時間の移動は必至。長時間同じ姿勢でいることは、エコノミークラス症候群のリスクを高めるため注意は必要だ。旅先が田舎などで産婦人科が近くにない場所であればいざという時の対応が遅れることや、それまでの経過をみていない産院に突然妊婦が駆け込んで来ても困るだろうことは容易に想像ができる。ましてや海外旅行ともなれば緊急時の現地スタッフとのコミュニケーションもままならないことが多く、危険は増すだろう。海外で緊急外来を受診し、数千万円という単位の治療費を請求されたというケースも聞いたことがあり、こう見てみるとリスクだらけだ。

 しかし、大手旅行代理店のHPを見てみると「マタ旅」なる特集が組まれており、宿泊先の検索項目で「妊婦さん歓迎の宿」「マタニティプランの宿」などもあった。中には「自分の為に使える時間を大切に」といったような、むしろ妊娠中の旅行を後押しするかのような謳い文句まであったりする。

 宿ではノンカフェインドリンク・抱き枕などが用意されていたり、宿内でなるべく移動が少なくて済むような部屋をおさえてもらえたりなど、確かに妊婦に取ってはありがたいサービスだ。

 長い目で見れば旅行なんぞいつだって行けるわけで、大事な時期である“今”のタイミングでわざわざ大きなお腹を抱えて旅行などする必要がどこにあるのだろう?……というのは妊婦の心を無視した完全なる客観的な意見。

 彼女たちには“今”でないとダメな理由があるのだ。

産んだら終わり、という考え方

 それこそ有名人がブログで「マタ旅をしました」とでも書こうものなら、批判のコメントは溢れることだろう。

「大事な時期に、避けるべき」「お腹の子がどうなってもいいんですか?」「母親になる自覚なし」「そんなのいつだっていけるでしょう?」etc……

 それらコメントの主が、男性なのか、自身が妊娠期間を最大限安全に暮らしてきた女性なのか、それとも妊娠や出産をリアルに考えていない人間なのかはわからないが、こういった批判に共通していることといえば、誰も当事者の本当の心情は理解しようとしていない点だ。

 私も「マタ旅」を経験したことのある一人だ。全て国内ではあるが、妊娠期間中に3回旅行に行った。

 移動時間がなるべく短くて済むような手段を選んだり、車を運転してもらったり、なるべく身体に負担がかからないよう注意を払ったが、3回目の旅行の時は帰り道で偶然出くわした既婚子持ちの友人から大バッシングされた。

 当時、妊娠9カ月だった私のお腹は異様なほど突き出ていたから(臨月でもあんなに出ている人見たことないとよく言われる)、その視覚的な衝撃で友人は危機を感じ警告したのかもしれないけれど、別の友人も妊娠中に国内旅行に行って周囲から批判されていた。

 彼女の場合は旅行が毎年の恒例行事だったわけでもなく、滅多に旅行などしないのに妊娠してから「敢えて」旅行を計画したという。

 まるで、出産に合わせて駆け込むかのようにして旅行に行く……私もそうだったけれど、その背景に、「産んだら自分の人生は(いったん)終わり」といった漠然としたイメージがあったのだ。“今”楽しんでおかないと、もうこんな自由な日々は二度と帰ってこない……そう思っていた。

 排卵周期を見てちょうど良さそうな日に性交し、計画的に子作りをする夫婦もいるのだろうが、だとしてもセックスすれば確実に受精するわけでもなく、妊娠とは大体の場合が、あるとき突然判明する。

 初期はつわりがあったりするし、安定期以降(お腹が膨らみ始めてから)マタ旅をする人がほとんどだと思う。

 だから多くのマタ旅経験者は、限られた数カ月の期間で、人によってはバタバタと旅行を計画し実行、臨月(いつ産まれてもおかしくない時期)に差し掛かる前には“身をかためる”という心境にもっていくパターンだろう。

 母親になるということはとても喜ばしいことなハズなのに「産んだら自分の人生は終わり」なんてとても寂しい響きだ。

 しかし「産んだらママは大変」という漠然としたイメージを他者やあらゆる媒体から押し付けられるし、母親になった私はまさにその「イメージ」に押しつぶされ息苦しくなることもある。

 実際に大変なこと(昼夜問わず息子の世話に明け暮れる)以上に、「母親(のくせに)」という看板を背負わされ、行動に制限がかけられてしまうことがとてもやり辛い。

 独身時代と同様のことをしていれば大体「母親のくせに」と非難の対象になる。酒を飲んでもジャンクフードを食べても。ファッションだってそうだ。派手な服装をしていれば「相応しくない」と叩かれたりする。

 じゃあアンタ達の正解通りに「母親」というマネキンを作ったらどんなサイボーグが出来上がるんだよ、とツッコミたくなるが、残念ながらイメージとしての「母親」とは、禁欲生活を強いられるのが当然の生き物だったりするのだ。

 それどころか「我慢してる」と思うことすら許されない傾向もあって、母親になったのなら「自分は子供のために生きて当たり前。でもちっとも辛くない」が教科書通りの回答だったりするからタチが悪い。そこまで窮屈な生活が待っていると思ったら、そうなる前に好きな服を着て好きな場所に行って思いきり楽しんでおきたい。

 でもそれってどうなのだろう。なぜ女性ばかりが「自分ではない何者か」によって人生の区切りをつけられてしまうのだろう。

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小出 愛

1981年生まれ、学生時代から10年以上スポーツ一本、卒業後はスポーツトレーナーとして第一線を志すも、いろいろあってパチ屋店員に。そこで旦那と出会い、結婚、2016年に第一子出産。プロレスは知らないけど猪木が好き。ママ友ヒエラルキーには入りません。

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