連載

娯楽として消費される「女性犯罪者」たち 元祖「毒婦」高橋お伝

【この記事のキーワード】
娯楽として消費される「女性犯罪者」たち 元祖「毒婦」高橋お伝の画像1

『毒婦の誕生―悪い女と性欲の由来』(洋泉社)

 和歌山カレー事件の林真須美被告(正しくは「眞須美」)は、ヒ素という「毒」のイメージも手伝ったのか「平成の毒婦」と呼ばれた。最近では、首都圏連続不審死事件で逮捕された木嶋佳苗被告が「東の毒婦」、同時期に起きた鳥取連続不審死事件で逮捕された上田美由紀被告が「西の毒婦」などと呼ばれている。

 カレー事件は、毒物による無差別殺人という凶悪性と林真須美の強烈なキャラクターが、東と西の連続不審死事件は、一見モテそうにない女が男たちを手玉に取った挙句に殺害するという点が耳目を引き、マスメディアにセンセーショナルに扱われた。犯した罪もさることながら、キャラクターが際立って初めて「毒婦」と呼ばれることになる。

 「毒婦」という言葉が誕生したのは、「鳥追お松」「夜嵐お絹」「高橋お伝」といった実在の女性犯罪者たちが、小説や歌舞伎のモチーフとされた明治時代初期のことである。なかでも最も有名な高橋お伝は、夫を毒殺し悪行の限りを尽くしたとされているが、実際のところはどうだったのだろうか。

 群馬県利根郡に生まれたお伝は、同郷の高橋波之助と結婚するも、2年後に波之助がハンセン病を発症。離縁を勧める者もいたが、お伝は名医を求め波之助を連れて東京へ向かった。しかしお伝の手厚い看病の甲斐なく波之助は死んでしまった。

 その後お伝は妾となり、最後は小川市太郎という「ヤクザ者」と同棲するようになる。2人は今でいうブローカーのような仕事をしていたが、うまくいかず借金がかさんだ。追い詰められたお伝は、取り引きのあった後藤吉蔵という男にニセの儲け話を持ちかけた。

 1876(明治9)年826日、お伝と吉蔵は浅草の商人宿「丸竹」に投宿。お伝は吉蔵が儲け話に乗ってこなかったら、殺害して金を奪おうと剃刀を隠し持っていた。結局、その剃刀で吉蔵の喉を切りつけて殺したお伝は、宿の女中に「連れはまだ休んでいるから起こさないで欲しい」と伝え、姿を消した。28日朝、女中が吉蔵の死体を発見したとき、部屋にはお伝による書き置きが残されていた。

この者に五年以前、姉を殺され、その上わたくしまで非道の振る舞いを受け候間せんかたなく候まま、今日まで無念の月日を暮らし、只今姉の敵を討ち候。今一度姉の墓へ参り、その上速やかに名乗り出で候也。決して逃げ隠れする卑怯はこれなく候。この旨、お屯(引用者注・警察)へお届け下され候。

 これは姉の敵討ちであり、墓参りをしたら出頭するという内容だが、もちろん偽装である。

 翌月に逮捕されたお伝は、1879(明治12)年に死刑判決を下され、斬首刑となった。首のない遺体は警視庁第五病院において解剖に付されたのだが、なぜか医師たちはお伝の性器に注目した。解剖所見には「小陰唇の異常肥厚および肥大、陰挺部の発達、膣口、膣内径の拡大」とある。解剖後、性器だけがメスでくり貫かれ、ホルマリン漬けにされた。

 事件自体もセンセーショナルだったが、解剖によって「性器」がクローズアップされたことが新聞で報じられると、小説、歌舞伎、錦絵などが、寄ってたかってお伝をモチーフとした。こうした動きのなかでお伝は「毒婦」に仕立てられていったのである。

 お伝の処刑からわずか3カ月後に刊行された仮名垣魯文による小説『高橋阿伝夜叉譚』(1879年)には、お伝はハンセン病の夫波之助を殺し、さらに連続殺人を行ったと書かれている。まったくの出鱈目だが、小説という娯楽として読者に提供されたわけである。

 その後も脚色されたお伝像は引き継がれ、大正時代に『報知新聞』で連載された矢田挿雲の『江戸から東京へ』(19201923年)では、次のように描写されている。

「情欲に対しては、医学上空前の早熟と無限大の狂熱を示し、十六七の頃、情夫を操っていた。お伝の眼に映る異性は悉く肉欲の対象としてであったが、なかんずく従兄の波之助には、強く惹きつけられていた」

「お伝の犯罪は連続的に計画され、悪の量が豊富で、犯罪の動機たる淫蕩気質が溌溂たる底力を以て人に迫る」

 お伝に「情欲」という言葉が付せられるようになったのは、解剖によって性器がクローズアップされたためであった。ニセの儲け話を持ちかけたり、犯行を姉の敵討ちに偽装しようとしたり、お伝は知能犯と言ってもよいと思うのだが、ここではもはや「情欲に駆られた連続殺人犯」でしかない。

 『江戸から東京へ』は名著として知られているが、お伝についての記述は事実とかなり隔たっている。

 ところで、明治初期に「毒婦」たちが現れたのには理由がある。新聞というメディアが一般化したのがこの時期であった。新聞の社会面で報じられた女性犯罪者たちが、小説や歌舞伎で脚色され、「毒婦」として人口に膾炙したのである。その背景には、犯罪、特に女性による犯罪を娯楽として消費する世間があった。それはメディアが多様化した今も変わらない。昔も今も、最も露骨なジェンダー的視線を注がれるのが、女性犯罪者たちであるといえよう。

参考文献)仮名垣魯文『高橋阿伝夜叉譚』金松堂、矢田挿雲『江戸から東京へ(第2巻)』芳賀書店、綿谷雪『近世悪女奇聞 』青蛙選書、朝倉喬司『毒婦の誕生 悪い女と性欲の由来』

田中ひかる

1970年東京生まれ。著書に『月経と犯罪――女性犯罪論の真偽を問う』(批評社)、『「オバサン」はなぜ嫌われるか』(集英社新書)、『生理用品の社会史――タブーから一大ビジネスへ』(ミネルヴァ書房)など。

田中ひかるのウェブサイト

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。

毒婦の誕生―悪い女と性欲の由来 (新書y)