連載

学校教育だけでは教育問題を解決できない。女子教育の促進を阻害する男女の賃金格差

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日本の男女間の教育・スキル格差は先進国で最も大きい

 先ほど言及した図1には調整前と調整後の二つのデータが示されています。ここでいう調整とは、男女間の教育水準・年齢・持ち合わせているスキル・働いている産業による差を一定にするという作業です。噛み砕いて言うと、調整後のデータは、教育水準やスキルのレベルが同じ男女が同じ産業で働いた時に、どれぐらいの賃金格差が生じているのかを示していて、裏返すと調整前と調整後のギャップは教育水準やスキルレベルの差によってどれぐらい男女間の賃金格差が引き起こされてしまっているのかを示唆しています。

 日本のデータを見ると、調整前の男女間の賃金格差は40%を超えていました。しかし調整後のそれは30%を下回っています。この10%程度の賃金格差は、男女間の教育水準やスキルの差によって引き起こされてしまっている可能性が高いということになります。日本は、この値の大きさが先進国でワースト1位で、次いでスペイン(6.7%)と韓国(6.5%)、その他の国々は5%未満なので、日本でいかに男女間の教育水準・スキル格差が大きいかが一目瞭然となります。

 これまで、日本の女性は男性と比べて学歴が低い・学校歴が低い・理系率が低い、という学校教育における3つの課題をお話してきました。そのことを考えると、日本の男女間の教育・スキル格差が先進国で最も大きいというのも理解できるところです。

 ただし残念ながら日本の女子教育の課題は学校教育だけには留まりません。実は教育は大きく3つに分けることができ、一つは、この連載のメインとなっている「学校教育」で、もう一つは「学校外での教育(ノンフォーマル教育やインフォーマル教育など)」、最後の一つは「職場での教育・研修」です。日本の女子教育の問題は「職場での教育」にも山積しているのです。

 図2は、女性労働者のうち(つまり、専業主婦や学生などは除かれています)、どれぐらいの人がオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT:業務を通して行う職業訓練のこと)に参加しているかを示したものです。日本の女性労働者の中で勤務時間外にOJTに参加している人の割合は先進諸国の平均よりも高いものの、勤務時間内でOJTに参加している人の割合は、債務問題が発生して経済指標がムチャクチャなことになっているギリシャを除けば先進諸国の中でほぼ最低です。

 日本の男性労働者と比較しても、男性労働者の約35%は勤務時間内のOJTに参加しているのに対して、女性労働者のそれは約23%に留まります。そして、この指標におけるこの男女間のギャップは先進国の中でチェコに次いで2番目に大きなものとなっています。つまり、日本の女性は学校での教育も受けていない上、就職してからも教育が施されていない、という二重の教育課題に直面しているのです。

教育水準やスキルレベルでは説明しきれない男女間の賃金格差

 今見てきたように日本の男女間の教育水準やスキルレベルの格差が先進国で最も大きいことは事実です。

 しかし男女間で30%(男女間の賃金格差全体の約3/4)の賃金格差があることは、教育水準やスキル、働いている業界以外の要因によっても引き起こされています。そしてまた、この値の大きさも先進諸国でワーストである点は看過できません。ここから先は雇用慣行(例えば、女性の方が非正規雇用が多いとか、女性の多くが一般職で就職するといったものなど)の問題に踏み込んでくるので別の専門家にお任せしたいと思いますが、一つだけ興味深いデータを紹介しようと思います。

 図3は、情報通信技術(ICT)をより多く活用している業務に従事すると、どれぐらい賃金が多く貰えるのかを示しています。単純平均を見ると分かるように、ICTをより活用している業務に従事している人達はより高い賃金を得ていて、ICTの活用が個々人の生産性を向上させていることが示唆されます(生産性が高い人達がICTをより活用している業務に従事している、という可能性もあります)。

 この賃金上昇率は、先ほど言及した調整がなされているものなので、同じ教育水準・スキル(ICTを含む)・産業についている人同士を比較したものになります。このため、男女間で賃金上昇率にギャップ(女性の上昇率-男性の上昇率で取ってあります)がある場合、それ以外の要因によって引き起こされていることになります。多くの先進国で男性よりも女性の賃金上昇率が高くなっていますが、これはほぼすべての国でSTEM系学部において女子学生が少ないため、ICTを活用できる女性労働者が希少であり、ICTを扱う業務で男女の人数を同じにしようとすると、女性労働者を巡る人材獲得競争の方が男性のそれよりも激しくなることを考えると納得がいく現象だと思います。

 しかし、日本のデータを見ると、男性の賃金上昇率の方が女性よりも大きくなっています。日本は先進諸国の中でも最もSTEM系を学ぶ女子学生の割合が低い国の一つであり、ICTを活用できる女性労働者の存在が希少です。それにもかかわらず、他の先進国とは反対の結果となっているという、かなり不思議な現象が起きているのです。なぜこんなことが起きるのか、もしかしたらそこにこそ日本におけるジェンダーの問題が潜んでいるのかもしれません。

女性の労働状況を改善するためには、制度だけでは十分ではない

 私が国際機関で勤務していた頃に、よくOJTで言われたのが、「制度だけでは十分ではない」という話です。これは途上国の教育支援をしていれば嫌という程実感することです。

 小学校を義務教育にしたからと言って子供達が自然と学校に来るようになるわけではないですし、労働契約を結んだからと言って教員たちがちゃんと学校に来て授業をするわけではありません。同じく、女子教育を促進するための法整備をしたからといって教育へのアクセスの男女間格差が無くなるわけでもありません。

 「制度だけでは十分ではない」なんて当り前じゃないかと思う人が多いかもしれませんが、果たして日本の女子(女性)教育の問題になった時に、これを理解して実行に移せている関係者はどれぐらいいるでしょうか?

 世界銀行が出版したWomen, Business and Law 2016のデータによると、実は日本は制度的には最も男女間の平等が進んだ国の一つとなっています。つまり、日本の男女間に存在する30%の賃金格差は教育でも制度でも説明しづらいものによって引き起こされていることが示唆されます。それは雇用慣行だったり、社会に蔓延るジェンダーステレオタイプだったり、個々人が持つ偏見だったりするのでしょう。日本の女性の労働を促進するための制度整備だけではなく、これらに対処するような包括的な対策が為されない限り、日本は女の子の勉強しようという意欲に水を差す社会であり続けてしまうでしょう。

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畠山勝太

ミシガン州立大学博士課程在籍、専攻は教育政策・教育経済学。ネパールの教育支援をするNPO法人サルタックの理事も務める。2008年に世界銀行へ入行し、人的資本分野のデータ整備とジェンダー制度政策分析に従事。2011年に国連児童基金へ転職、ジンバブエ事務所・本部(NY)・マラウイ事務所で勤務し、教育政策・計画・調査・統計分野の支援に携わった。東京大学教育学部・神戸大学国際協力研究科(経済学修士)卒、1985年岐阜県生まれ。

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