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漫画家アシスタントに残業代は支払われるべき? 原稿料より経費がかさむ仕組み

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ドラゴン桜

三田紀房『ドラゴン桜』一巻

 どんな業界であれ、修行・下積み時代は薄給に耐えるのが当たり前とされてきた。しかし「労働」している以上は、それに見合った対価を得たいところだ。特に近年はブラック企業の行状や外国人技能実習制度の問題が明るみになっている。勤勉に職務を全うしていても、それに見合った給与が支払われないような「働き方」は問題だと認められはじめた。

 一般企業とは異なり、出版関係者以外には内情の見えづらい漫画業界においても、そのような問題はある。先日、漫画家のカクイシシュンスケ氏がアシスタント時代の残業代請求を行った件が物議を醸した。

 まず昨年127日、『ドラゴン桜』(講談社)などの代表作を持つ漫画家の三田紀房氏(60)が、<Yahoo!ニュース特集>にて漫画業界の働き方改革に挑んでいることを語った(週休3日、残業禁止、「作画完全外注」――漫画家・三田紀房が「ドラゴン桜2」で挑む働き方改革

 現在「週刊ヤングマガジン」(講談社)で『アルキメデスの大戦』を連載し、ヒット作の続編にあたる『ドラゴン桜2』を新たに制作中だという三田氏の元で働くアシスタントは「930分から1830分まで勤務」「休憩は自由だが残業禁止」「原則週4日勤務」「週休3日」「長期休暇を含めて年間休暇約160日」。現在制作中の『ドラゴン桜2』に至っては作業効率化のため絵を描く作業をすべてデザイン会社に外注するシステムを構築。自らはシナリオを作り構成を固める役に徹する。

「三田がこのやり方を選んだ理由は、業務の効率化のためだ。作画という仕事を他人に任せることができれば、作家は取材や物語づくりなどの必要な作業に自分の労力を集中させることができる。また、作画のためのアシスタントを雇うことで発生する労務管理なども必要がなくなる」(Yahoo!ニュース特集より引用)

 こういった取り組みについて三田氏は「一種の社会貢献だと思っている」と語る。

 ところが、年が明けて18日、三田氏の元アシスタントで漫画家のカクイシシュンスケ氏が、自身のブログにて、三田氏に異議を唱えた(三田紀房先生に残業代を請求したことについて)。大学卒業から昨年4月まで、約117カ月間にわたり三田氏のアシスタントに就いていたというカクイシ氏は、三田氏の職場環境は業界水準と比べても良いものであり「業界の良くない慣習に流されずそうした職場をつくったことは三田先生の手腕だと思います」と認める。一方で、「しかし、です。業界の水準よりはずっとましではあるものの、完全にホワイトかと言われるとそうではありませんでした。労働基準法にきちんと則った職場であったかというと、そうは言えないでしょう」と指摘した。

 確かに徹夜は1日もなかったが、毎週木曜はほぼ残業があった。その残業代は一度たりとも支払われていない――カクイシ氏はそう主張し、「思い切って残業代を請求することにしました」と表明している。また、三田氏は作品がヒットした時はそれに応じて外注先A社にインセンティブを渡す契約をしていたが、カクイシ氏らアシスタントがそのようなインセンティブをもらったことはなかったことにも触れ、「なぜA社にはそうした報酬を渡せて、我々アシスタントにはなかったのですか? A社と我々アシスタントでは技術的には我々が上でした」と疑問視している。

 このブログ記事は波紋を呼び、数人の現役漫画家が自身の意見を述べるに至った。ギャグ漫画家のうすた京介氏はTwitter上で次のように投稿。

『この人何か勘違いしてるけど漫画業界は使う側使われる側に関係なく結局は実力社会なんですよ。プロアシとして通用する人は一握りだし、そういう人はちゃんと実力で高い給料を得て家庭を持ったりしています。どの職場を選ぶかも自由。そもそも漫画家なんてまともな仕事じゃないんだから嫌なら就職しなさい』

 これに対してカクイシ氏は『うすた先輩、勘違いしてるのはマンガ家たちの方だと私は思います。日本のマンガ家たちがアシスタントにしてきたことは搾取と呼ぶ他ないのではないですか?』とツイート。うすた氏のツイートは現在は削除されている。

 漫画業界が実力社会であることは否定しないが、下積み時代だから貧乏でも仕方ない、技術が足りていないから給与が低くても仕方ない、やりたいことなのだから収入に直結しなくても仕方ない等と割り切ってしまっていいのかは疑問である。しかしアシスタントを採用する漫画家の側も、懐事情が苦しいケースは多々あるようで、問題は複雑だ。

原稿料だけでは赤字になる構造

 こうした流れを受けて、『海猿』『ブラックジャックによろしく』『新ブラックジャックによろしく』などの代表作を持つ漫画家の佐藤秀峰氏が、数字を開示して自身の経験を書いた(三田紀房先生に残業代を請求したことについてというブログを読んで感じたこと)。

 アシスタント時代「労働基準法的にはがっつり『アウト』」な現場にいた佐藤氏は、自分が雇用する側になってからは「ちゃんとしたい」と考え、働きやすい環境を整えようと長年努力してきたが、それでも不満を持つアシスタントはいたであろうことを振り返る。

 佐藤氏は2022歳まで漫画家の福本伸行氏の作画スタッフとして働いた時期、以下のように雇用されていたという。

・週90時間~140時間勤務
・初任給11万円
・昇給不定期(3ヶ月~20ヶ月目12万円、21ヶ月~24ヶ月15万円、25ヶ月目から25万円)
・食事付き(休憩は食事時間のみ)
・交通費不支給、各種保険未加入
・残業代無し
・休日、月45日程度

 そして自身がスタッフを雇用する立場になった当初、次のような条件でアシスタントに働いてもらっていた。

・週40時間勤務
・初任給15万円
・昇給不定期
・食事付き(休憩1時間)
・交通費全支給
・各種社会保険未加入
・残業代無し(残業は原稿最終日のみ朝方まですることもあった)
・休日、月1415日程度

 佐藤氏の著作『漫画貧乏』(2012年、PHP研究所)によれば、アシスタントへ給与を支払い、食費を捻出し(慣例としてアシスタントの業務中の食事代は漫画家が支払う)、家賃や光熱費を払うと原稿料だけでは毎月およそ20万円もの赤字が積み重なっていく。佐藤氏はデビューまでに200万円ほどの預金をコツコツ積み立てていたためそれを切り崩して生活したが、蓄えがなく借金せざるを得ない漫画家は少なくないだろう。

 そして現在、有限会社佐藤漫画製作所の代表取締役として、作画スタッフ(アシスタント)・webスタッフ合わせて5名を次の条件で雇用している。人件費は年間2500万円ほどだという。

・週40時間勤務
・初任給20万円
・昇給年2回、賞与年4ヶ月分
・交通費3万円まで支給
・社会保険完備
・残業無し(残業代も発生せず)
・休日、週休2日制、年末年始、夏季休暇5

 ちなみに作画スタッフは3年間の期間契約で、ここ数年は欠員が出ても新規採用をせずにきたそうだ。その後、佐藤氏は最後の作画スタッフが退社したが「委託スタッフ」として週2日ほど在宅で作画をしてもらうことで委託契約書を締結したと報告している。

 佐藤氏はインセンティブについては、法律に則って「著作権収入に当たる印税をスタッフに支払う義務はありません」「作品のヒットで作家や会社の収入が増えた場合は、印税を分配するという考え方はせずに、昇給や賞与で対処すべきでしょうね」としている。

漫画家だけの責任じゃない

 連載を抱える漫画家は、常に激務で休息の暇もなく、アシスタントも長時間労働にさらされているイメージがある。しかしデビュー作『進撃の巨人』がいきなり大ヒットを飛ばした諫山創氏など、ホワイトな労働条件の職場を実現している漫画家は少ないながらもいるという。『海月姫』が月9ドラマとして放送中の東村アキコ氏も、複数の連載を持ち多くのスタッフを抱えていることで有名だが、その職場は10時~18時で終わり残業なしで働きやすいと評判だ。年間休日も多く、東村氏本人がインタビューで「ガッと集中して、仕事は月の前半で終わらせるように。月の後半はほとんど仕事していないんですよ」と明かしている。東村氏はアシスタントたちの将来を心配し、『ヒモザイル』ではアシスタント男性を「バリバリ働く結婚したい女性」の婿候補として推薦したこともある。漫画家として売れることが出来るのは志願者のうち一握りでしかなく、独立すれば今度は自分がアシスタントを雇用する立場になるが、十分な給料を払えるほど稼げるかどうかはわからない。

 佐藤氏の『漫画貧乏』にあるように、ただ一人ですべてを描くのではなく、アシスタントを雇用すると、漫画制作に必要な経費は原稿料を超えてしまう。それでもタイトな締切でクオリティの高い作品を送り出すべく、アシスタントを依頼して制作する。佐藤氏の場合は原稿料から源泉徴収した72万円が振り込まれ、そこから数名のアシスタントへ給与を支払い(47万円)、アシスタントの分も含めた食費が10万円で、画材や資料に約10万円、家賃が7万円で光熱費など諸経費に5万円、さらにたまには外食でアシスタントたちに奢るとなると、毎月20万円の赤字になっていた。一カ月の収入が72万円というとリッチな印象を受けるが、経費も膨大だ。単行本がヒットしなければ赤字が続いてしまうだろう。

 大ヒット作を持つ漫画家は個人事業主ではなく雇用主となり、作品制作に関わるスタッフを雇用し業務管理することが可能になる。しかしすべて“漫画家次第”でいいのだろうか。漫画家個人が労働基準法を遵守する意識を持ち、雇用責任者としてスタッフの労働環境を整備し、もちろん作品づくりもする――それが実現できるのは、潤沢な資金を確保していることが前提だろう。漫画家個人に責任を押し付けられる問題ではないと思う。取引先である出版業界がまずこの仕組みが問題含みであることを認識し、構造そのものを変えられないか模索すべき時期に来ている。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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