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『専業主婦は2億円損をする』は本当か? 専業主婦という選択の自由

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Photo by SupportPDX from Flickr

 昨年11月に刊行されベストセラーになっている『専業主婦は2億円損をする』(橘玲著/マガジンハウス)。要するに「専業主婦に憧れず働いたほうがいいよ」という本なのだが、プロローグでは次のように専業主婦のマイナスポイントを並べ煽りまくている。

(1)専業主婦はお金がない
(2)専業主婦は自由がない
(3)専業主婦は自己実現できない
(4)専業主婦はカッコ悪い
(5)専業主婦になりたい女子は賢い男子に選ばれない
(6)専業主婦には“愛”がない
(7)専業主婦の子育ては報われない
(8)専業主婦は幸福になれない
(9)専業主婦は最貧困のリスクが高い
(10)ぜんぶまとめると 、専業主婦にはなにひとついいことがない

とりわけ力強く訴えているのが、(1)の専業主婦はお金がないことで、それは書名にもなっているように「2億円をドブに捨てている」ものだという。2億円とは大きな金額だが、本当だろうか?

2億円の根拠は

 結婚あるいは出産を機に仕事を辞めて専業主婦になることは、世帯の収入減が配偶者のみになることを意味する。それだけでなく、たとえば子供が就学して手がかからなくなってから就労しようとしても、希望する職種・収入の仕事に就きにくい(採用側が敬遠する)可能性はある。また、もし夫がリストラされたり病気を患ったりしたら、もし夫婦関係が悪化して離婚することになったら、などあらゆる危機的状況を想定すると……私は、専業主婦という選択をリスキーだと思っている。しかし、それも個人の選択だ。働こうと働くまいと、他人の選択を尊重することが大前提にある。その選択を貶めるような脅迫的な煽り方には感心できない。しかも本書の「2億円」という数字は、根拠が乏しいためなおさらだ。

 本書が「専業主婦は2億円損する」と論じる根拠。これは、大卒女性が60歳まで働いた場合の平均収入の合計は2億1800万円(退職金含めず)であり、にもかかわらず「日本でははたらく女性10人のうち、結婚後も仕事をつづけるひとは7人。出産をきっかけに退職するひとが3人もいます。10人のうち6人は専業主婦になって40年かけて2億円になる『お金持ちチケット』をぽいと捨ててしまうのです」としている。大卒だったら22歳で就職、ブランクなしに60歳で退職するなら38年だが、短大卒(20歳で就職して60歳で退職)を想定しての40年なのか、産休育休を含めつつ65歳定年の道をとっての40年なのかは定かでない。

 さて40年間働いて得られる総収入が2億円ということは、単純計算で年収500万円×40年=2億円だが、年収500万円以上の額を得ている女性がどれくらいいるだろうか。厚生労働省が発表した「平成28年賃金構造基本統計調査」http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2016/index.htmlによれば20~69歳女性の月額賃金は平均24万4600 円。これも単純計算で年収に換算すると、24万4600円×12カ月=293万5200円となり、仮に2カ月分賞与を加えたとしても342万4400円。年収500万円には156万5600円届いていない。

 今度は大学・大学院卒の女性に絞って見てみると、20~69歳女性の月額賃金は平均28万8700円。年収に換算して346万6400円で、やはり2カ月分の賞与があったとしても404万1800円と、年収500万円には届かない。ただし50~54歳女性は平均39万2700円(年収471万2400円、2カ月分の賞与ありで549万7800円)、55~59歳女性で37万6300円(年収415万5600円、2カ月分の賞与ありで526万8200円)となる。もちろん賞与が4~5カ月分出るような会社もあるが、40年も安定的に業績を伸ばし、社員の給与を上昇させ賞与を振る舞える企業はどれくらいだろう。さらに50~59歳で年収500万を超す女性たちが、20代の頃から同程度の賃金を得ていたとも考えにくい。こうした数字を見るだけでも、大卒女性が40年間働くことがすなわち「2億円のお金持ちチケット」にとって代わると言い切ることの危うさを感じる。むしろ生涯働いても2億円稼ぐのは難しいのが現実だ。

 言うまでもなくこの国のすべての女性が大学に進学し卒業しているわけではない。学校基本調査によると、平成29年度の高等学校卒業者の大学等進学率は54.7%(男子52.1%、女子57.3%)。ここで言う大学等とは、大学の学部・通信教育部・別科だけでなく、短期大学の本科・通信教育部・別科や、高等学校・特別支援学校高等部の専攻科も含まれ、また進学しかつ就職した者も含まれている。この数字を「思ったより多い」と捉えるか「半分程度しか進学しないの」と捉えるかは分かれるところだろう。また、もちろん大卒の学歴を持たずとも高収入を得る女性もいる。

「男女の脳の違い」はトンデモでは?

 また、本書に頻出する脳科学には強い違和感を覚えた。特に顕著なのは「4時限目 専業主婦になりたい女子は賢い男子に選ばれない」の中の一項「男と女がわかりあえない理由」だ。

「男と女はなぜわかりあえないか、というのは永遠のテーマですが、いまでは科学的にその理由を説明することができます。それは、男と女では脳の構造がちがっているからです」
「男子生徒は数学や物理が得意で、女子生徒は国語や生物が好きだ、というのはみんな気づいていることです。大学でも理系は男子がほとんどですが、文系は、たとえ共学でも女子大のようになっています。こうした男女のちがいは 、『親や学校の先生がそうなるように躾けているからだ』といわれてきたのですが、いまでは男女で脳の機能が生まれつきちがっているからだということがわかっています。さまざまなテストで、男は『システム化能力』『空間把握能力』が高く、女は『共感能力』や『言語能力』がすぐれていることがはっきりしたからです」

 著者は「これからは大半の男性よりも、女性のほうが仕事で有利になる」というが、それは「『教育や看護・介護など、女性が得意とする『共感的な仕事』」の需要が高まり「テクノロジーが進歩すれば進歩するほど、共感能力が高く、真面目で優秀な女性の価値はどんどん上がっていくはず」だからだと説明。やはり男女の違いに基づいているのだ。女性は文系で、教育や看護や介護などのケア労働が得意だとの決めつけもステレオタイプ。また「3時限目 賢い女子は『好き』な仕事を見つける」では「女性には、医者や弁護士ほど難易度が高くなく、やりがいと収入、おまけに安定も兼ね備えたスペシャリストの仕事があります。それが看護師です。――もちろん男性看護師もいますが、現状では大半が女性です」とあるが看護師は理系である。

専業主婦「批判」そのものに意味はない

 では本書が、無根拠に「専業主婦はダメだ」と見下す内容かというと、そういうことでもない。年収1500万クラスの結婚相手を見つけようと思ったら宝くじに当たるより確率の低いギャンブルに身を投じているようなもので、だから自分で働いて稼ごう。日本が一見男女平等に見えても「女性が子どもを産むと“差別”を実感する社会」であるから女性は継続就労を阻害されている。専業主婦は「子どもへの責任を一身に担わされる母親を追い詰める」良妻賢母圧力にさらされる――このように「女性」を取り巻く社会的な問題をこれでもかと詰め込み、まだ現実を知らず「結婚したら専業主婦」とぼんやり思っている若い世代に警鐘を鳴らしたいわけだ。想定する読者は「賢い女子高生~20代の女性」だという。

 著者自身は夫婦共働きで子供を保育園に預けながら育てた男性(子が中学進学する頃からシングルファザー)。専業主婦批判をするにあたって、育児経験ゼロであったり、専業主婦の妻に育児を丸投げしていた男が書いても説得力がないのだ、として自らの立場を明かす。息子が通った小中高の保護者たちには専業主婦が多かったが気を遣われてほとんど接点を持たずに済んだという(保護者の大半が専業主婦でなかったらそうもいかなかっただろう)。なぜこんな本を出そうと思ったのかというと、こと日本のテレビや雑誌において、専業主婦批判はタブーであり、主婦を敵にまわしたくないため誰もやりたがらないため、編集者に頼まれたのだそうだ。だから著者にとって専業主婦云々や女性の地位云々は追求したい問題でもなく、思い入れもなさそうである。

 専業主婦「批判」そのものに意味はない。女性のライフコースに優劣もない。お金持ちの夫をつかまえた専業主婦がヒエラルキーの頂点だとか、女の幸せは愛され養われることだとか、そういった妄想にもう付き合うのはやめて現実を生きようということなのである。そのうえで何を自分にとっての理想に掲げるかは個人次第で、専業主婦という選択もまた、わざわざ否定されるものではないのだ。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

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