大阪弁とニューヨーク方言
専門家はニューヨーク市内で約800の言語が話されていると見積もっている。公立校に通う生徒については調査がなされており、約180種。教育庁のウエブサイトは話者数の多い上位10言語(*)で作成されている。国勢調査によると、ニューヨーク市民の36%は外国生まれ、45%は家庭で英語以外を使っている。アメリカ生まれで英語とのバイリンガルであっても、家族とは母国語で会話するのだ。
*英語、アラビア語、ベンガル語、中国語、フランス語、ハイチ・クリオール、韓国語、ロシア語、スペイン語、ウルドゥ語
移民一世の中には英語を習得する機会がなく、かなり拙い人もいる。ネイティヴに近いレベルの英語話者になる人もいる。ただし、ほとんどの場合、程度の差こそあれ母国語の訛りが残る。二世は学校教育によって必ず英語とのバイリンガル、もしくは英語のみの話者になるが、やはり英語に祖国語の訛りが残るケースがある。
言語を最も重要なエスニック・ツールと考える移民は多いものの、ニューヨークの日系人のように大きなコミュニティを持たない民族グループの場合、二世の子供たちに日本語を継承するのは難しい。親の日本語を理解はしても就学年齢になると英語のほうが達者になる。日本語を維持するためには週末の日本語補習校に通うことがほぼ必須となる。
上記のどのパターンであれ、長年ニューヨークに暮らすとニューヨーク英語も取り入れてしまう。ニューヨークには固有の言い回し、発音、早口など独自の話法があり、いわばニューヨーク方言だ。移民は母国語とニューヨーク英語を混ぜて話すこともする。まるで「ルー語」のようだ。バイリンガル同士の会話だと「そこは car で行かないと far ね」などと単語が混ざるだけでなく、英語の文章と母国語の文章を交互に使ったりもする。
私は家族がアメリカ人なので家庭内では英語のみを使っている。日本語訛りの英語だが、家族は慣れて問題なく聞き取ってくれる。同時にニューヨーク英語でもある。とはいえネイティブ・スピーカーではないのでスラングは意図的に使わないようにしている。それでも時には使う。「この気分はこのスラングでしか表せない」と感じる時だ。黒人地区に住んでいるが、黒人英語も意図的に使わない。それでも私の英語には黒人英語の風味も若干加わっているらしい。自覚はないのだが。
在ニューヨークの日本人と話す時は当然日本語を使う。それほど親しくない相手、仕事の相手であればもちろん標準語で話す。親しい友人とはリラックスして話せるので無意識に関西弁が混ざる。とはいえ、相手が非関西人であればフル関西弁にはしないというより、ならない。ただし、最初に書いたように私の場合、フルでしゃべっても純正大阪弁ではない。それを話せる友人や親戚をうらやましいと思う。
日本人とテキストをやりとりする場合は、基本的には日本語だ。しかし、電車に乗る寸前に「遅れてごめん、今、電車に乗る!」などと簡単なことを急いで打たなければならない時は英語になることもある。変換しないで済む分、早く打てるからだ。ツイッターのリプライも稀に英文で書いてしまうことがある。なぜかそのほうがしっくりくる場合だ。どういう時にそう感じるかは、うまく説明できない。
要するに脳内につねに英語と日本語が同居しているわけだが、プロの通訳者や翻訳者のように言語の切り替えがスパっとうまくできないのだ。そして、整理されることなく絡み合った日本語と英語は、それぞれ大阪/ニューヨークという地域性および自分のエスニック・アイデンティティとがっつり結びついているのである。
(堂本かおる)
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