愛しいベイビーはミルクとシュガーがたっぷりのコーヒー
私もアメリカで暮らし始めると、英語がヘタだった当初から学校では教わらなかった「生の英語」を覚えることができた。「英語ってこんなに魅力的なんだ!」と何度も感動した。そのひとつが「ベイビー」「ブラザー」といった他者への呼びかけだ。もっとも、当初はボーイフレンドもおらず、できた後も日本人のメンタリティゆえに「ベイビー」はなかなか言えるものではなかった。しかし「名前を知らない他人を呼ぶ」呼称は最初から大いに活用した。
日本で、たとえば目の前を歩いている誰かがハンカチを落としたとしよう。すると私は「あの、ちょっと!すみません!落としましたよ!」と声を掛けることになる。親切にしているこちらが、なぜか「すみません」となる。
英語の場合も「エクスキューズ・ミー」を使う人がいるが、相手の性別と年齢によって「Miss!」「Ma’am!」「Sir!」などと声を掛けることができる。現在今のご時世に年齢と性別による区分はどうかという気もする一方、背後から「Miss!」と聞こえれば振り返るし、「Sir!」であれば自分のことではないと分かる便利さはある。
黒人英語はこうした他人への呼びかけがさらに豊富だ。黒人男性ももちろん「エクスキューズ・ミー」を使うが、気を遣う必要のない相手には「Yo!」と声を掛ける。黒人男性同士が「ブラザー」と呼び合うのはよく知られるが、年配の男性の中には親しい友人同士で「ベイビー」と呼び合う人もいる。なお、黒人男性同士がNワードで呼び合うこともあるが、非黒人はマネをしないことを強く勧める。
親しい黒人女性同士は先に挙げた「ガール」を使う。「シスタ」は相手に直接呼びかける時よりも、第三者に紹介する時に使われる。「このシスタが前に話したアーティストよ」など。ハーレムに暮らし、初めて黒人女性にこうした文脈で「シスタ」と呼ばれた時は、私も仲間に入れてもらえたのかと妙に嬉しかったことを覚えている。
恋人同士や夫婦など、パートナー間では先に挙げた「ベイビー」を筆頭に「ハニー」「スウィーティ」、さらには「シュガーパイ」「カップケーキ」「ハニーパイ」など人種を問わずに使われる言葉がある。だが黒人にはとくに甘いニックネームを好む傾向があり、ユニークなオリジナルを創作する人もいる。フランス語由来の「Boo」は黒人の専売特許だ。
こうした甘いニックネームは子供に対しても使われる。子供たちは自分の親が自分につけた可愛いニックネームを一生大切に思う。可愛い呼び名は自分の子供以外にも使う。私はアフタースクール・プログラム(学童保育)に勤めていた時期、たくさんいる子供の名前が覚えきれず、たいていは「スウィーティー」でごまかしていた。利便性もあるのである。
黒人の肌の色もスウィートに描写される。彼らの肌の色は「黒」ではなく、多くは茶色だが、濃淡や色合いは十人十色だ。そこで自分の愛しい人の肌の色も甘い言葉で形容する。「キャラメル」「シナモン」「サン・キスト」「ハニー」「チョコレート」「モカ」「ナツメグ」……。ある男性は、自分の母親がいつも「あなたは私好みのコーヒーの色ね。ミルクとシュガーがたっぷりの」というと言っていた。
このイマジネーションと、それをそのまま愛しい相手に伝える素直さ。これが私が黒人英語に惹かれる理由なのだ。
(堂本かおる)
著者・堂本かおるが主宰するハーレム・ウォーキングツアー
~リアルな黒人文化を体感できる3時間のジャーニー~
・ハーレム・ブラックカルチャー100%体感ツアー
・ハーレム・ゴスペルツアー
など、複数のツアーあり。詳細はhttp://www.harlemjp.com/にて。
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