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大杉漣さんはとことん「現場者」だった…「漣ちゃんは絶対、現場で死ぬよな」

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大杉漣さんブログより

 3月2日放送の旅トークバラエティ番組『アナザースカイ』(日本テレビ系)、そのゲストは2月21日に亡くなった俳優の大杉漣さん(享年66)だ。生前、韓国でロケを行った内容で、同番組の公式Facebookアカウントでは、「俳優・大杉漣が人生を変えた想い出の韓国へ」と紹介している。韓国には「30年前、俳優人生どん底の中で訪れた劇場」があるのだという。「沈黙劇からスタートした大杉漣はいかにして名俳優へと駆け上がったのか? 激動の人生が今、紐解かれる」と煽られれば、大杉さんの早すぎる死を惜しむファンは必見だろう。

 大杉漣さんは2月20日、千葉県で行われたドラマ『バイプレイヤーズ~もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活をしたら~』(テレビ東京系)のロケに参加、ホテルで夕食後に腹痛に襲われて病院へ向かい、帰らぬ人となった。ドラマの出演者はグループLINEでつながっており、漣さんがそこに「具合が悪い」とメッセージを送ると共演の松重豊(55)がタクシーで千葉県内の病院に連れて行ったそうだ。最期の瞬間は、駆けつけた家族とともに、松重豊、遠藤憲一(56)、光石研(56)、田口トモロヲ(60)ら共演者も看取ったという。4月からの出演ドラマ、舞台も控えており、出演中のCMやレギュラーバラエティ番組もある、まさに役者盛りの急逝。

 ただ、いつかこのような日が来ることを、大杉さん自身、うすうす感じていたのかもしれない。2001年にマガジンハウスが発行した多すぎさんの自著『現場者(げんばもん)大杉漣 300の顔をもつ男』で大杉さんは、何度か過労により撮影現場で倒れたことがあると述懐。「漣ちゃんは絶対、現場で死ぬよな」といろろな監督に言われるのだと書いている。

<確かに、ぼくは眠らないで働く日も多い。しかしもともと丈夫なだけに、普段はめったに寝込んだりしない。死ぬ時は、たまるだけたまった疲れが出てバタッと倒れてこと切れそうな予感が、自分でもある>
<撮影中に倒れてそのまま逝くことに憧れがないわけではないが、それがどんなにまわりに迷惑をかけるか知っているから、うかつに現場で死ぬわけにはいかないと思ってしまうのだ>

 最後の章では、<いつも俳優・大杉漣は24時間営業なのだ。その状態は、俳優をやってるかぎり続くだろう><映像の海の中で、精一杯泳いでいたいと思う>と綴っていた漣さん。言葉通り、まさに24時間営業で最期のときまで精一杯、映像の海の中を泳ぐ俳優だったことは間違いない。

 2000年のロッテルダム国際映画祭で、三池崇史監督は「一体、日本にレン・オオスギは何人いるのか?」ときかれたという。その年に日本から出品した映画のうち半数に大杉漣さんが出演していたからだという。三池監督はジョークで「レン・オオスギ3号までは確認できている」と答えたらしい……と同書にある。大杉さんという存在を喪失した日本映像界のショックは計り知れないが、大杉さんはこれまで数多くの作品を残してきた。その存在感が色褪せることはないだろう。心からご冥福をお祈りします。

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『現場者』

ヒポポ照子

東京で働くお母さんのひとり。大きなカバを見るのが好きです。

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