日本の女子教育を充実させる足枷になっている一つの要因には、日本の女性教員比率が先進国で最も低いことがあげられます。このことは以前も連載の中で言及しました(日本の女子教育の大きな足かせ 日本の女性教員比率は先進国で最も低い)。
女性の教員が多ければ、女子学生の成績が良くなる可能性があることは連載の中で指摘してきましたが、その理由が何なのかによって対処策が異なってきます。例えば「女性教員が女子学生のロールモデルになっているために成績があがりやすい」のであれば、女性教員の比率を増やせばよいことになります。一方、女性の教員が男性と異なる教授法的な特徴を持っていて、それが女子学生の教育に影響を与えている場合、女性教員比率を高めるのも一つの手ですが、教員養成や現職研修課程に工夫を加えることで女子学生の能力を引き出すこともできます。
このように、なぜ女性教員は女子学生の能力を引き出せるのか、その理由を知ることは女子教育を充実させるうえで重要になってきます。今回はこの点について詳しく見ていこうと思います。
優秀な女性の就職先が教職しかない社会
一つ目は女性教員の方が、男性教員よりも優秀なケースです。
これは、労働市場において女性差別がある社会で主にみられる現象です。高度な教育を受けた女性が民間企業で活躍することが難しい社会では、教職が大卒女性の雇用の受け皿となります。この結果、女性差別が無い社会ではまずありえないぐらいの低い賃金水準で優秀な女性が教員となってくれます。これにより、男性教員と比べて女性教員は優秀な人が多いという現象が発生します。
これは実際に、第二次世界大戦後のアメリカで起きていた現象です。40年ほど前のアメリカでは、女性教員の約1/4は高校時代の成績がトップ10%に入っていました。しかし21世紀に入るとこの値が半減しています。この40年間で優秀な女性の民間企業での雇用が進んだために、従来の教員給与水準では優秀な女性が教職に来てくれなくなったために起きた現象です(より具体的な数値の変化など詳細を知りたい方はこちらの論文を当たってください→リンク)。
このケースでは、なぜ女性教員が女子学生の能力を引き出せるのか直接的な政策的示唆は導かれませんが、民間企業での女性の雇用が促進されると、優秀な女性が教職に来なくなる可能性がある点は留意しておく必要があります。もちろん、雇用における女性差別が無くなり、女性の雇用や昇進が促進されることは良いことですから、労働市場での女性差別を無くすのをやめようという話ではなく、女性差別が解消されたら、次にどのような手立てを打たなければならないのか考える必要があるという話です。
女性教員が女子学生のロールモデルとなる場合
二つ目は女性教員が女子学生のロールモデルとなるケースです。これは女子学生が身近にロールモデルとなる女性を見つけられない場合に顕著にみられる現象です。
実際にこのメカニズムを確認した研究によると、教育水準が高い母親を持つ女子学生であれば母親がロールモデルとなりうるので、女性教員であろうがなかろうがそれほど影響が無いのですが、教育水準の低い母親を持つ女子学生が女性教員に当たると成績が向上することが確認されています。また同様に、女子学生にとってロールモデルとなり得る女性が少ない理数系などの科目では、そうではない他の科目よりも女子教員に当たることの効果は大きくなります。
このようなケースが成り立っている場合、貧困層が多く住む地域(≒教育水準の高い女性が少なく、家庭を含めた地域社会の中で、女子学生たちがロールモデルとなるような女性を見つけづらい地域)の理数系科目を中心に女性教員がより多く配置されることが望ましくなります(詳細を知りたい方はこちらの論文を当たってみてください→リンク)。
女性教員が男性教員と異なる行動や教え方をしている場合
三つ目は女性教員が男性教員と異なる行動や教え方を女子学生に対して取っていて、それが効果的であるケースです。
女性教員に当たることで数学での男女間の成績差が20%-25%縮小することがわかっています。ただし、教員の行動や教授方法に関するデータを考慮すると、女性教員の女子学生に対する成績向上効果が消滅するケースがあります。これは、女子学生が女性教員の存在そのものによって成績が向上したのではなく、女性教員が持つ男性教員とは異なる行動特徴が女子学生の成績向上に貢献していたということを意味します。
このようなケースが成り立っている場合、女性教員比率を上げることも重要になってくるのは確かなのですが、女性教員が取っている行動を分析し、どのような行動が女子学生の成績向上につながっているのかを明らかにできれば、女性教員比率を引き上げなくても女子学生の成績を向上させられる可能性があります(詳細を知りたい方はこちらの論文を当たってみてください→リンク)。
まとめ
今回、示唆された可能性は3つあります。
・労働市場の女性差別がなくなれば、優秀な女性が教職に来なくなる可能性があること
・身近にロールモデルとなる女性がいない女子学生にとって、女子教員の存在は成績を向上しうること
・女性教員特有の教授法が明らかになれば、女性教育比率を引き上げなくても女子学生の成績が向上するかもしれないこと
とはいえ、これらは現在の日本の文脈とは異なる海外のケースで、時代が大きく違うものもあります。このため、日本の女性教員は女子学生のロールモデルになっているのか、それとも女性教員は男性教員とは異なる特徴を持っているのか、調査してみないことには分かりません。ただ、どちらかが優勢ということはあっても、どちらかが完全に当てはまらないということは流石にないかなと思われます。
前回・前々回の記事で、日本の女性は賃金や職場でのスキル活用で差別に直面している可能性がある点について言及しました。このような現状を考えると、現在の日本でも優秀な女性が民間企業ではなく教職に流れている可能性があります。恐らく日本でも今よりは職場での女性差別が改善されていくと思われます(そのペースは微々たるものかもしれませんが)。これを考えると、今のうちから優秀な女性を教職にとどめるための手立てを打つ必要があるでしょう。
そして、女性教員が女子学生のロールモデルとなっている場合、身近にロールモデルがいない女子学生はどういった人たちなのかを考えて教員配置をする必要もあります。さらに、学校でできる事には限りがあるので、可能であればロールモデルになり得る女性の協力を仰ぐことも重要だと考えられます。実際に、途上国ではジェンダーを問わずロールモデルを見つけづらい子供達が大勢いるのですが、モチベーショントーク(貧困地域に生まれたものの、教育を受けて、社会的に活躍している人達による講演会)は効果的な教育支援の一つです。また、女性教員が男性教員と異なる行動や教授法を取っている場合、これを研究することで女子の学力を向上させられる希望が開けます。
どちらのケースが日本に当てはまっているかによって、それが直接的なのか間接的なのかの違いは生じますが、女性教員比率を引き上げることは女子学生の成績向上につながります。特に、日本の女子学生は他国の女子学生と比べると成績が良いのですが、同じ国内での男子学生との比較で見ると課題を抱えています。女性教員比率を他の先進諸国並みまで引き上げる、ただそれだけでこの問題が幾分か緩和されるのですから、この問題に対して声を上げていくことが重要だと考えます(もちろん、前回・前々回の記事で指摘したように、企業や社会側が女性差別を止めることも重要なのは言うまでもありません)。