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性暴力問題に向き合ううちに陥ったダークサイドから帰還する方法

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 今月14日からスタートした特集「性を語ること」。今回はwezzyはもちろん、様々な媒体で「性」に関係する記事・書籍の編集をされているライター・編集者の三浦ゆえさんにご執筆いただきました。

 三浦さんは、日常的に痴漢や強姦などの性暴力の問題を注視していくうちに、「性を語ること」にしんどさを覚えてしまい、本来発信したかった「性って楽しい」というメッセージを忘れていた、といいます。おそらく「性」の問題に向き合う多くの人が、同じような「ダークサイド」に落ちてしまうことがあると思います。近年、「性」に関する問題が社会的にも注目され、個々人でも自身の考えをSNSなどで発信することが増えた今、今なにが求められているのかを三浦さんのお考えをご執筆いただきました。

特集「性を語ること」

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 ここ1週間ほど要職に就く人たちのセクハラ、買春のニュースが連日のように報道され、見ているうちにあっさりダークサイドに落ちそうになります。加害者がやったこと自体もですが、決まってそれに付随するセカンドレイプ……元財務省官僚の一件であれば「被害女性に名乗り出ろ」といった政府の対応や、その女性記者が上司に訴えても適切な対応が得られなかったこと、それでいながら会社側は証拠となった録音データを別の報道機関に渡したとして彼女を責めたことなども重く心にのしかかります。

 また、SNSなどでは「ハニートラップだ」「美人局だ」「記者失格だ」「実は男女の関係にあったのでは」……ああ、こうして列挙していくだけでもげっそりしてきますが、セカンドレイプの風が吹き荒れていて、それに毅然とした態度で反論する人たちを見て希望を感じたかと思えば、そんな人たちも無知から発した心ない言葉の石つぶてを浴びまくっているのを見て、また暗澹としてしまう……そんなことをくり返しています。

 この国の政府が、決して少なくはない人たちが、女性の被害、ひいては女性そのものをどう見ているかが可視化されたのを見て、そのおぞましさに同じような思いを抱いている人は決して少なくないでしょう。

 申し遅れましたが、私は編集者とライターを生業にしています。この職業で、どこかの編集部などに所属しない場合、特に専門ジャンルを限定しないオールラウンダーもいる一方で、その人の“得意なフィールド”があります。私の場合、僭越ながら“女性の性”に関わる記事や書籍に携わることが多く、特にここ1~2年は性暴力、性犯罪に関するコンテンツに関わる機会が増えています。2017年に企画・編集をした書籍『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)がひとつの転機でした。

 痴漢加害者の実像に迫る1冊で、常習的な犯罪行為には“依存症”の側面があることや、彼らが必ず持っている認知の歪み、こうした性犯罪がなくなる気配も一向に見せずにいる背景には社会に深く深く根ざした男尊女卑的な価値観があること……などを書き下ろしたもので、著者は臨床の場で1,200人超の性犯罪者と対峙してきた精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳です。

 「原因は被害者にある」とする痴漢神話や強姦神話を真っ向から否定し、「原因は加害者にある」「性犯罪、性暴力は男性問題」と明言した1冊は、制作しているあいだも私自身の力になりました。

 けれど、ここでひとつ問題が。日常的に性暴力や性犯罪について調べ、学び、目を向ける作業は、先述したようなダークサイドにと隣合わせのものなのです。ゆえに私はときに「性ってツライなぁ」と思い、そのことについて発信するのがしんどくなります。

 あれ、私は「性って楽しいよ、気持ちいいよ」「生きる力になるものだよ!」ということを強く発信したかったんじゃなかったっけ……? そう思い出すのに、毎回けっこうな時間を要します。そもそもは「エロいこと大好き!」「いろんなセックスカルチャーを知りたい!」という、アホっぽくもシンプルな欲求から、このジャンルに踏み込んだのでした。いまでもそのスタンスは基本、変わっていません。

 これまで携わった書籍のなかには、ハウツーセックスや女性向けAVに出演するエロメンなど、セックスライフがより豊かになる提案をするものがあります。一方で、不妊やセックスワーク、毒親、女性の貧困といったテーマの本も出してきました。てんでバラバラのように見えるかもしれませんが、私のなかではすべて女性という性にまつわる生きづらさに関わるものです。解消、とまでいくとおこがましいですが、それをひとつひとつ考えていくことが、ゆくゆくは「性を楽しむ」につながるのではないか……そんな思惑がありました。

 女性の性にまつわる生きづらさが凝縮しているのが、性暴力の問題である。と思ってこの問題にも取り組みはじめたら、敵のあまりの大きさにを前に嫌悪感や無力感ばかりがふくらんでしまう、というのが現状のようです。

 ただ、ダークサイドに行ってしまう原因は、自分にこそあると気づいてもいます。私は、長らく性を太極図(陰陽マーク)のようなものとしてとらえていました。性には陰と陽両方の側面があり、互いに不可分の状態になっているイメージです。けれど陰=性暴力とするなら、それをポジティブな性と一対のものとして考えること自体が、実は危険です。

 “性”と頭についていますが、痴漢も強姦もセクハラもれっきとした「暴力」です。上下関係や支配関係のなかで起きる「性を使った暴力」であり、エロい好意でもなく官能的な要素も一切ありません。性欲から端を発するものと考えると、この暴力の本質を見誤るということは、『男が痴漢になる理由』にも詳しく書かれています。

 にもかかわらず、日本ではどちらも「性」、もしくは「アダルト」のボックスに入れられがちです。暴力ではなくエロいことをしている→「だから、されてる方だって喜んだに違いない」「痴漢をしてほしい女がいるはずだ」という発想になったり、被害者に性的な視線が向けられたり、と何重もの二次被害を生みます。

 私が好きなセックスカルチャーなどを含むエロの世界と、暴力でしかないものは別々のボックスに仕分けして考えなければならない。特に発信していく側がそれを明確にしなければならない。そうわかっているはずなのに、たまに自分のなかでふたつのボックスの境界があいまいになることがあり、そんなときに「性ってしんどいなぁ」「つらいなぁ」となってしまうのです。陰陽マークの黒の部分が、白の部分を侵食して真っ黒にしてしまうイメージです。

 意識はしていても、あまりに強い社会通念に引っ張られてしまうことが、しばしば。私だけでなく、ボックスを別にして明確に仕分ける習慣が社会全体に根付かないと、多くの人がダークサイドに飲み込まれ、性について本質的に語られることもまた、なくなりそうです。

 ダークサイドから帰還するための、個人的なライフハックは「明るく、楽しく、気持ちいいエロスと接すること!」です。やっぱり性は本来気持ちいいもの、楽しいものっていうベースがないと、性について語るってむずかしい。今春、企画・編集した書籍『すべての女性にはレズ風俗が必要なのかもしれない。』(WAVE出版)が発売されました。ここには性に悩んだり生きづらさを抱える女性たちが、同性の肌に触れその体温を感じることで癒され、生きる希望を見出していく様が収められています。そうした性の力に触れることで、私自身もバランスを取れたのだと感じています。

 いまSNSなどを見ると性について考え発信する人が多くいます。理由はそれぞれ違っても、きっとダークサイドに落ちかかることはきっとあるでしょう。自分なりの方法で性における健全さを保ちながら発信することが、いま求められていると思います。

三浦ゆえ

フリー編集&ライター。富山県出身。複数の出版社に勤務し、2009年にフリーに転身。女性の性と生をテーマに取材、執筆活動を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』シリーズをはじめ、『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)、『失職女子。~私がリストラされてから、生活保護を受給するまで~』『私、いつまで産めますか?~卵子のプロと考えるウミドキと凍結保存~』(ともにWAVE出版)などの編集協力を担当。著書に『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。

twitter:@MiuraYue

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男が痴漢になる理由