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映画『恋は雨上がりのように』が女子高生と成人男性の「恋愛」をどう描いたか

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映画『恋は雨上がりのように』公式サイトより

映画『恋は雨上がりのように』公式サイトより

 俳優の小出恵介(34)が17歳(当時)の女子との淫行によって謹慎、元TOKIOの山口達也(46)が女子高校生への性暴力で書類送検され所属事務所から退所――など、著名男性が未成年と性的な関係を持った事件は、報道のたびに大きな注目を浴びてきた。一般人であっても、出会い系サイトなどを通じて未成年と関係を持ったことが発覚して逮捕される事案は後を経たない。中には「恋愛関係のつもりだった」という弁明もあるのだろうが、もし仮に未成年から好意を寄せられたとして、成人はどのような態度をとれば良いのか(あるいは、どのような態度をとってはならないのか)。映画『恋は雨上がりのように』で、大泉洋(45)が演じた中年男性は、しごく真っ当だった。

 525日より公開中の映画『恋は雨上がりのように』は、眉月じゅん作の同名漫画を実写化したもので、主人公の女子高生・あきらを小松菜奈(22)が、あきらが恋する中年男性・近藤を大泉洋が演じている。

 陸上部短距離走のエースだったが怪我により夢を絶たれた17歳の女子高生・あきらは、バイト先のファミレスの店長である45歳の中年男性・近藤に恋愛感情を抱く。近藤は“しがない・冴えない・甲斐性のない中年のおじさん”であり、いわゆる“イケてるおじさん”ではない。しかしあきらは近藤のことをものすごく好きになって、かなり積極的にアタックする。今年3月まで『週刊ビッグコミックスピリッツ』(小学館)で連載されていた漫画は絶大な人気を誇り、アニメ化もされ今年13月にフジテレビ系で放送されていた。

 この作品の“女子高生が冴えないおじさんに熱烈アタック”という設定だけで嫌悪感を示す人もいるだろう。『週刊ビッグコミックスピリッツ』という男性向けの媒体に掲載されていたことから、中年男性の妄想を描いたご都合主義の作品という印象を持った人もいるかもしれない。webに公開されている同作プロダクションノートによれば、実写映画の製作を手掛けた石黒裕亮プロデューサーも「最初はいわゆる“おじさん”の夢が詰まった年の差恋愛モノかなと」と思ったそうで、永井聡監督も「読む前は女子高生とおじさんの恋愛モノと聞いていたので、かなりエロチックな感じのものか、あり得ないくらいの純愛かな」と思っていたそうだ。だが、『恋は雨上がりのように』は「どっちでもなくて。すごくコミカルで爽やかな作品」「切り口としては新しいタイプの漫画」(永井聡監督)だった。

 

※以下、作品のネタバレを含みます。

 

 あきらの近藤に対する恋愛感情は至って本気で、熱烈にアプローチする。美人女子高生に告白された近藤は、ものすごく戸惑う。舞い上がったりしない。本当にただただ戸惑うのだ。そりゃあそうだろう。かといって、迷惑がったり邪険に扱うのもな……といった具合で、近藤はあきらと適度な距離を保とうと心がけ、敢えて「友達」という言葉を使ったりする。あきらが陸上で夢破れたことを知って多少気にかけたりはするものの、でもだからといって、たとえば使命感を持ってあきらに「陸上に戻るべき」と説得したりするわけでもなく。きちんと線を引き、無謀に踏み込もうとはしないのだ。これを不甲斐ないと見る人ももしかしたらいるのかもしれない。しかし仲が良くても信頼し合っていても、他者にしてあげられることはたかが知れているし、他者に踏み込み過ぎてはいけないのだと、近藤は知っているのようだ。

 そんな近藤と対比するように、あきらの親友のはるかは、ズカズカあきらに踏み込んでいく。確かに学生時代って、今思い出すと「ありえない」くらいに友達のことに踏み込み過ぎ・口出し過ぎてしまうこともあった。そうすることが友情の深さや強度を表すのだと思い込んでいた部分もある。一方、“大人”である近藤は、相手を尊重する。そして、あきらの情熱的なアプローチにほだされて、年の差という障害を乗り越えようとか、モラルだって超えてやるなどと燃えたりすることもない。一切、手を出さない。かといって邪険に扱うわけでもないのだ。

 そうした近藤の姿勢は、「おじさん」としてあるべきものだった。同じ「女子高生が大人の男性に恋をする」作品であっても、昨年公開された漫画原作の実写映画『先生!、、、好きになってもいいですか?』『PJK』と、『恋は雨上がりのように』が大きく異なるのは、結局、惚れられた大人の行動による。『先生!、、、好きになってもいいですか?』では女子高生に「好きになってもいい?」と言われた男性教師が紆余曲折の末、恋愛関係に発展。『PJK』では警察官の男性と女子高生が恋に落ち、職業柄女子高生と付き合うのはまずいと結婚。いずれも、女子高生と成人男性が本気の恋に落ち、障害を乗り越えようと奮闘するラブストーリーだ。また、漫画ではなく小説原作の映画だが『ナラタージュ』も雰囲気は近い。『ナラタージュ』では、孤独だった女子高生と教師が距離を縮め卒業式の日にキス、卒業後に再燃。この作品の場合、むしろ卒業後の“不倫”がウエイトを占めてはいるが。

 未成年と大人との恋愛を描いた作品で、ヒロインである少女が「年の差や立場なんて関係ないよ!」とピュアな想いをぶつけると、想われ人である大人は逡巡するものの、その子を可愛いと思ったりほだされたりして抱きしめてしまう。それは、少女視点で「そうされたい」から、そのように描かれているのだと思う。可愛いと思われたい、健気で守ってあげたいと思われたい、抱きしめてほしい……というのは恋愛において自然に発生する気持ちではあるし、漫画や映画という創作コンテンツなのだから夢いっぱい妄想たっぷりでおかしくはない。ただしやっぱり妄想であり、もし現実にたとえば先生と生徒の恋愛関係が発覚したら警察が動く案件であり、大好きな相手は“変態教師”とみなされる。

 そんな“禁断の愛”だから面白いコンテンツにも成り得、このテーマでいくつもの作品が作られてきた。けれど『恋は雨上がりのように』は、“禁断の愛”を描いたものではない。そこにはまず17歳の女子高生・あきらの日常がある。近藤への恋愛はあきら本人にとってはまわりが見えなくなるくらいの出来事だけれど、そのことによって何かや誰かが急激に変わるわけでもなく、あきらだって陸上の夢を断念したことが吹っ切れたりもしない。実際、あきらの陸上に対する葛藤は、あきらの近藤への恋愛描写と同じくらいかそれ以上に丁寧に描かれている。近藤への思慕・恋心は、成長著しい女子高生のあきらが通過するひとつのステップという見方もできる。

 少女漫画ならば主人公の女子高生が恋愛する以上、相手が誰であろうと最後は結ばれるという結末を期待されるのかもしれないが、恋愛成就だけがハッピーエンドではない。そんな当たり前のことをあらためて理解させてくれる作品だ。

中崎亜衣

1987年生まれの未婚シングルマザー。お金はないけどしがらみもないのをいいことに、自由にゆる~く娘と暮らしている。90年代りぼん、邦画、小説、古着、カフェが好き。

@pinkmooncandy

バナナ&ストロベリー

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