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山田孝之が「20代前半は人に会いたくなかった」と昔の心の闇を告白、病んでいた00年代

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映画『50回目のファーストキス』公式サイトより

 山田孝之(34)と長澤まさみ(31)が共演する映画『50回目のファーストキス』が今月1日に公開された。映画でふたりが本格的に共演するのは、2007年公開の映画『そのときは彼によろしく』以来となる。

 『50回目のファーストキス』は、アダム・サンドラー(51)とドリュー・バリモア(43)の共演で大ヒットした、2005年日本公開の映画『50回目のファースト・キス』のリメイク作品。記憶障害により記憶が1日しかもたない女性と、自分のことを忘れられてもアタックし続ける男性とのラブストーリーである。

 山田孝之といえば、思わず「たまには仕事選べよ!」とツッコミのひとつも入れたくなってしまうほどどんな役もこなす、日本映画界を代表する「カメレオン俳優」だが、この10年ほど、いわゆる「恋愛もの」にはほぼ出演してこなかった。しかし、彼の俳優としてのキャリアの初期にはラブストーリーの映画やドラマが多く、そのなかには、先ほど名前をあげた『そのときは彼によろしく』をはじめ、ドラマ版『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年/TBS)や、映画版『電車男』(2005年)や、ドラマ版『タイヨウのうた』(2006年/TBS)などの大ヒット作も多い。

 そうした時期から10年近くの時が経ち、山田孝之にとってはずいぶん久しぶりのラブストーリーとなるが、その心境を「Numero TOKYO」(扶桑社)20187月・8月号での、長澤まさみとの対談のなかでこのように語っていた。

<やりたいとはずっと言っていたんです。1020代の人には、もはや僕が連ドラでラブストーリーをやっていた人ってイメージはないと思うんです。だからその世代にとっては新鮮だろうし、もう少し上の世代にとっては懐かしいだろうなって。コンスタントにやっていた頃は、僕自身そんなに短期間で中身が変わらないから、どれも差が出なかったんですよね。でも年齢を重ねて、人生経験をしたことで出てくる表現の違いがあると思っていました>

 しかし、実は、『そのときは彼によろしく』で長澤まさみと共演した当時の山田孝之は精神的に疲弊しきっていたらしい。前掲「Numero TOKYO」の対談で彼は10年前を振り返って<20代前半のときは人に会いたくなかったんです。長澤さんと共演したのもちょうどその頃>と語っているが、いったいどういうことなのか?

 その当時の彼のメンタルがどれだけすり減っていたのかについては、2015年に出版されたムック本『21世紀深夜ドラマ読本』(洋泉社)に掲載された吉田豪によるインタビューで明かされている。なんと、そのころの山田は、希死念慮と他殺願望が入り交じっていて大変なことになっていたというのである。

 インタビューのなかで彼は<ただ単に人がイヤになったりすると、みんな死ねと。でも、みんな死なないから僕が死ぬかなぐらいの感じでしたね>と振り返り、さらにその当時、ショットガンで頭を撃ち抜いて自殺したニルヴァーナのカート・コバーン(享年27)に心酔していたとも語っている。

<死ななくてよかったですね、本当に。なんの本か忘れましたが、ライブでステージに立つときに、出る瞬間タイムカードを押している気持ちになると。それはすごく僕も共感できて、「今本当にそんな感じだ、なんで俺こんなことやってるんだ」と思いながら仕事していて>

 このタイムカード云々に関する言葉は、カート・コバーンの遺書に出てくるもの。カートは遺書のなかで、冷めきった心のまま観客の前に立ち、熱狂するオーディエンスを騙していることに対しての不満と罪悪感を綴っていた。

 それは、当時の仕事に対して心の底から夢中になることのできない思いを抱えながらも、それでも心と身体に鞭を打って現場に向かっていた山田孝之の心にストンと入り込んだのだろう。このインタビューのなかで「なんで俺こんなことやってるんだ」と思った仕事が具体的になにかは語られてはいないが、ラブストーリーに頻繁に出演していた00年代中盤以降にはそういった役柄を演じることがなくなっていくことを考えると、「タイムカードを押してる気持ちになる」仕事のひとつに恋愛もののドラマや映画があったのではないかと推察できる。

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