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市川海老蔵の娘・麗禾ちゃんの“ママ代わり”を美談にする気持ち悪さ

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小林麻央さん亡き後、市川海老蔵の娘・麗禾ちゃんのママ代わりを美談にする気持ち悪さの画像1

市川海老蔵オフィシャルブログより

 歌舞伎俳優・市川海老蔵(40)とその長男である堀越勸玄くん(5)が出演する「七月大歌舞伎」(東京・歌舞伎座)。17日、都内で取材会が開催され、海老蔵と勸玄くんが揃って出席した。海老蔵は勸玄くんが稽古に励む様子を「(勸玄は)毎日泣きながらやってます。今朝も泣いてました。パパが厳しすぎるという感じですね」と語り、また、勸玄くんは父の日のカードを海老蔵にサプライズプレゼント。稽古についても「楽しい」と話した上で、「7月歌舞伎座、頑張るのでよろしくお願いします」と笑顔でアピールしたというから、5歳にして大物である。

 一方で、昨年6月22日に亡くなった小林麻央さん(享年34)の命日が迫り、海老蔵一家を取り巻く報道は再び活発化している。619日発売の「週刊女性」(主婦と生活社)は、海老蔵一家の近況について少し気になる記事を掲載した。その記事のタイトルは「海老蔵と麗禾ちゃんが熱演する 勸玄くんの“ママ”という大役」。母である小林麻央さんが亡くなってからというもの、ときにはふさぎ込むこともあった娘の麗禾ちゃん(6)だが、最近はそんな麗禾ちゃんに<ママ代わり>の責任感が芽生え始めているという内容だ。

 同誌では梨園関係者が「自宅で勸玄くんが日本舞踊のお稽古をしているときに、“もう一回やる?”“やろーねぇ”“上手”などと、お姉ちゃんが率先して声をかけてあげているそうです」「“早くお料理が作れるようにならなくっちゃ”とも話していました」とコメント。さらには海老蔵も麗禾ちゃんも「勸玄を一人前の歌舞伎役者にする」という亡き麻央さんの意思を継ぐという思いを改めて強くしており、ふたりは勸玄くんのパパとお姉ちゃんだけではなく<ママとしての役割>をすべく奮闘している、というのだが……。

 なんだろう、この激しい違和感は。ママ代わりとして奮闘……いや、海老蔵はわかる。彼は勸玄くんの父なのだからして、麻央さん亡きいま、父と母を務めようとしているという話には頷けるし、素直に「頑張っているんだな」と応援できる。だが、麗禾ちゃんまでもがそうなる必要はあるのだろうか? 彼女はまだ6歳である。母親が突然この世からいなくなってしまった現実を、そううまく受け入れられはしないだろうし、悲しみも癒えてはいないかもしれない。そんな彼女に<ママ代わり>の務めを果たさねばならない必要がどこにあるというのだろう?

 ただでさえ、歌舞伎という世界は<男のもの>であり、梨園に生まれた女性は疎外感を抱くことがあるとされる。いまや大女優の風格を漂わす寺島しのぶ(45)も、梨園に生まれ、女だからという理由で舞台に上がれない悔しさややるせなさについて度々インタビューなどで語っているではないか。ママを亡くし、パパや周囲は弟の勸玄くんを一人前の舞台役者にすべき奔走する。まだ幼い麗禾ちゃんが、そこに理不尽さや寂しさを感じたとしてもなんら不思議ではない。けれど、それを上手に言葉で伝える術をまだ持っていないのかもしれない。そんな感情も見せることなく<ママ代わり>を率先して務めているとしたら、それはもしかしたら彼女なりのSOSなのではないだろうかと考えてしまうのは、深読みしすぎなのだろうか。

 健気な少女と家族の美談にまとめられようとしている記事を読んで違和感を抱いた筆者は、『はなちゃんのみそ汁』を連想した。『24時間テレビ』(日本テレビ系)内のスペシャルドラマとして2014年に放送され、2015年には映画も公開された作品である。原作は、乳癌を患う千恵さん(200833歳で死去)の闘病とその最中に出産した娘のはなちゃん、夫・信吾さんの生活を綴ったブログを書籍化したものだ。本の出版後やドラマ化された際には、娘に『妻』『母親』の役割を背負わせていることを問題視する議論があり、様々な意見が飛び交ったことは記憶に新しい。

 母を亡くした子ども、特に女児が、家事を引き受け弟や妹(ときには父の)の面倒を見る。そんな風に<ママ代わり>として生きることを負わされている現実を、美談として消費する流れは、ものすごく気持ちが悪くはないだろうか。子どもは子どもなのだ。母が亡くなったからといって、急いで大人にならなければならない理由はないし、まして他の家族のために<ママ代わり>として振舞うことは美談でもなんでもない。むしろ大人のサポートが必要な局面だ。

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