幸せの絶頂から、奈落へ
マルティネスとユウの妻は、待ちに待ったグリーンカード面接は「特別な日」であり、「とてもワクワクした」と語っている。その、幸せこの上ない気分だった瞬間にいきなり夫が逮捕、連行されて訳もわからず、さらには祖国に強制送還になると聞かされて絶望のどん底に。幼い子供たちは「おとうさんはどこ?」と問い続け、マルティネスの妻は落胆から母乳も出なくなったと語っている。
外国籍者がアメリカ人との結婚によって永住権を申請する場合、米国市民側の妻/夫が「スポンサー(保証人)」となる必要がある。スポンサーは規定以上の年収を求められ、夫婦双方がバックグラウンド・チェックのために大量の書類を提出。書類審査を通過すると面接に呼ばれ、永住権取得が目的の偽装結婚でないことを証明するための家族スナップ写真なども求められる。この面接に受かれば、ようやく永住権が与えられる。
アメリカ政府がビザ無し移民(不法滞在者)にも米国市民との結婚による永住権を発行するのは、無慈悲で悲惨かつ意味のない家族離散を防ぐためだ。上記の3人はいずれもまじめに働き、納税し、子供を育てている。彼らのように善良な市民として暮らし、国に貢献する人々を祖国に送り返す理由が米政府には見当たらないのだ。永住権取得から3年後には市民権の申請も可能となる。つまりビザ無し渡航した移民にも、家族と労働と納税によってアメリカ人となる道が開けるのだ。
ただし、ビザ無しの移民は見つかれば原則、祖国に送還となる。上記の3人も永住権申請まで何年も悠長に構えていたわけではなく、ICEによる逮捕・送還を避け、アメリカにとどまるために亡命申請も含め、その時その時で最善と思える法的措置を求めてあらゆる申請手続きをおこなっている。日常の家庭生活や仕事をこなしつつ、内心では常に逮捕・送還を恐れる日々が何年も続き、その恐怖から永遠に解放されるための永住権申請だった。
だが、その面接の場が急転直下、家族を恐怖のどん底に陥れたのだった。マルティネスの妻は、ICEから「夫の逮捕は2~3週間前に変わった政策による」と告げられたと語っている。さらに逮捕の一週間後に、なんと移民局より「面接合格」の通知を受け取っており、トランプ政権下の移民局の常軌を逸した混乱振りが表れている。
ビザ無し移民の「聖域都市」
ニューヨーク市は、ビザ無し移民を擁護するサンクチュアリ・シティ(聖域都市)のひとつだ。たとえば警察、学校、病院などは該当者の法的ステイタス(米国市民か、ビザ保有/ビザ無しの移民であるか、など)を問わず、仮にビザ無し移民であることが発覚した場合も、重罪犯以外は移民局へ通告はおこなわない。また、正規の身分証明証を持てないビザ無し移民も取得できる独自の身分証明証「idNYC」の発行もおこなっている。ところが、今回はこのidNYCが災いを招いてしまった。
アメリカでは運転免許証がもっとも一般的な身分証明書として使われるが、ビザ無し移民が免許を取得できるのは12州に限られている。ニューヨーク州は取得可能に向けた法改正に取り組んでいる最中であり、ニューヨーク市は独自のIDの発行に踏み切った経緯がある。カルデロンもidNYCを使い、過去には米軍基地への配達も問題なくおこなっている。
ところが6月1日、軍は「米軍基地では連邦発行のIDを見せなくてはならず、市のIDは無効」という理由でカルデロンのバックグラウンド・チェックをおこなった。その結果、カルデロンに対して2010年に送還令が出されていることが発覚し、移民局への通告がなされ、逮捕、収容となった。
「例外」を受け入れてきたアメリカ
有効なビザを持たない「不法滞在者」が移民法に違反していることは事実だ。アメリカ人のうち、少なくない人口が増え続ける移民に脅威を感じているという背景もある。また、移民支援に税金が使われることを良しとしない声もある。
だが、アメリカという国は移民問題に限らず、実情を見て、現実的な選択をする国だ。多くの事柄が「決まりは決まり」という杓子定規では処理されず、「例外」の多い国でもある。そして、その例外を受け入れる風土がアメリカという国を育んできた側面もある。
ビザ無し移民も、トランプ式「全員追い出せ」は1,100万人という数の面からも、彼らのアメリカ経済への貢献度からも不可能だ。さらに、米国市民との家庭を持っている場合、アメリカ人である配偶者と子供たちに多大な精神的、経済的なダメージを与えることとなり、つまり政府が自国民の健全な生活と将来を破壊することになる。
オバマ政権時代の2013年、こうした理由からビザ無し移民がアメリカ市民との結婚によって永住権を申請する際の規制が緩められている。また、ビザ無し移民の摘発・逮捕・強制送還は犯罪歴のある者に重点が置かれていた。
トランプ政権はそれらを全て覆し、「ビザ無し移民は “全員” 追い出す」を実践しようとしている。しかし、上記に挙げた3人の強制送還はいずれも判事によって一時的にではあるが、すでに差し止められている。
(堂本かおる)
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