『おっさんずラブ』(テレビ朝日)や『弟の夫』(双葉社、NHKにてドラマ化)などの作品が人気を集めている。日本において同性愛に対する価値観が少しずつ変わろうとしているが、いざ「実は同性が好き」と家族や友人からカミングアウトされたとき、どう受け止めたらいいのか戸惑う人も多いだろう。カミングアウトはなぜ行われ、伝えられた側はどう受け止めたらいいのか、「偏見がない」と思っているからこその注意点とは? 『カミングアウト』(朝日新聞出版)著者で文化人類学者の砂川秀樹さんに話をうかがった。
自分の大事な人に伝えたい
――カミングアウトをする理由にはどのようなものがあるのでしょうか。
砂川:カミングアウトを否定する人は「みんな隠していることがある」「すべてのことを話す必要はない」と言います。それは確かにそうですよね。自分のことをすべて明らかにする人はいませんし、言わないことで落ち着くこともあるでしょう。相手に負担をかけてしまうと遠慮する当事者もいます。
ですが、誰のことを好きか、誰と生きているのかは重要な話です。それを隠すといろんなことを隠さざるを得なくなってしまう。多くの異性愛の人は隠さずに話をしていて、相手も異性が好きな前提でいろんな話を振ってきます。
例えば小さいころから異性愛を前提として「○○ちゃん/○○君のことが好き」という話や、どのアイドルが好きなのかの話をしますよね。年齢が上がって高校生や大学生になると、初体験の話で盛り上がることもあるでしょう。社会人になっても、その手の話は続きますし、特に男性だと会社の飲み会で女性が接待する場所や、性風俗に行く機会もあったりします。結婚すると職場みんなで祝ったり、会社がお祝い金を出したり、家族向けの厚生サービスを受けられます。もちろん、この風潮を息苦しく思う異性愛の方もいるでしょう。
そういったことがある度に、同性愛者は小さなごまかしをしないといけません。ずっと繰り返していると、本当の自分を隠している感覚になってきても仕方ないと思います。「大したことじゃない」と思うのもマイノリティとしてのひとつの戦略ですが、やはりカミングアウトをして周りに受け止められたほうが楽ですよね。
異性愛者がしているように、同性のパートナーと付き合っていたり、暮らしていることの話をしたい。自分が誰と生活をしていて、誰を大事にしているのかを、別の自分の大事な人に伝えたい。そう思ってカミングアウトをします。
またカミングアウトをしてないと、パートナーが病気や死別のときにより苦しい立場に置かれてしまう可能性があります。例えばパートナーが亡くなる直前に「実は……」と家族にカミングアウトするのは容易ではないでしょう。本当に大変な時にカミングアウトはできないのです。そうなると「友人」は、医師から病状を聞けませんし、家族から連絡がない限りは看取ることもできません。
嫌悪感の背景にはなにがある?
――カミングアウトを受けた際、相手を傷つけたくないが、どうしたらいいのかわからないのですが、気をつけることはありますか。
砂川:カミングアウトは個別性が高すぎるのでマニュアル的に書きづらい面があります。とりあえず自分が同性が好きなことを知っていてほしい人もいれば、パートナーを紹介したい人もいますし、ただ恋愛話をしたい人もいる。その人がなにを言いたがっているのかは、カミングアウトのその時ではなく、長期的にわかってくることだと思います。
多くの場合は勇気をもってカミングアウトすることが多いので「言ってくれてありがとう。これからも関係を続けていきたい」と伝えるのが、理想の形だとは思います。
ただ同性愛への感覚は人によってだいぶ違います。想像もしていなかったので、その場で戸惑ってしまうことも多いです。カミングアウトされても自分に知識がなかったら「わからないことがあったときは、教えて欲しい。嫌なことがあれば言ってね」と正直に話すのも大事だと思います。
言われたときにはじめて、自分の中にホモフォビック(同性愛嫌悪)な感情があることに気づくこともあります。ぼくはLGBTに関係する講演の最後に次のように伝えています。
・嫌だと思う気持ちも「当事者性」のひとつです。
・気持ちは簡単に変わらないかもしれません。
・問われるのは、どういう態度や行動をとるかです。
・しかし自分の気持ちの背景には何があるのか振り返り、考えることは大切です。
「やっぱり無理」とゲイやレズビアンに対しての嫌悪感が消えなかった場合、それを抑圧しても仕方ないですし、変更することも難しいでしょう。人間は誰もが誰もと無理なくつきあえるものではないからです。
問題は嫌悪感の有無ではなく、そのときにどのような態度や行動をとるのか。嫌悪感を抱いているのであれば、その人たちと接するときには、より気を付けないといけません。どうしても無理な場合は、いったん距離を置くのもいいと思います。
ただ自分の嫌悪感には向き合ってほしいと思います。私たちは社会の中のいろんな情報やイメージを取り込んでいます。同性愛に対してネガティブな思いをもったとしても、それはどこかで取りこんできたものにすぎません。自分の中からいきなり生まれたものではないからです。
「偏見がない」からこそ気をつけること
――私の個人的な話ですが、大学生のときに友人からカミングアウトされて、そのときにはじめて、私自身も「ホモネタ」を言ったり笑っていたし、テレビや日常会話にホモフォビックなものがあまりに溢れていることに驚きました。
砂川:そうなんですよね。カミングアウトされたときに「私は偏見ないよ」「そんなのなんでもない」という人がいます。でも世の中にはホモフォビアな発言があふれていて、基本的には同性愛を「言えない」社会の中で生きている。
「自分は偏見がない」と思っている人も、カミングアウトした人がどういう社会の中で生きてきたのか想像してほしいです。「偏見がない」からこそ、悪意無く他の人に漏らしてしまう人もいます。伝えられた自分が気にしないからといって、他の人は否定的に受け取るかもしれない。まずはカミングアウトしづらい社会であることを、前提としてしっかり知ってほしいと思います。
―― 一橋大学のアウティング事件をきっかけに、本人に関係なく勝手にその人の指向性別をばらす「アウティング」が広く知られるようになりますよね。
砂川:ぼくも高校2年のときに同性に告白したことがあり、その人から無視されてしまいました。夢の中で彼に「ごめんなさい」と謝る夢を何度も見ましたね。もし彼がこのことを周囲に話していたら……と考えると、自分はどうなっていたのかわかりません。一橋の事件を聞いて、多くのゲイやレズビアンが自分のことと重ね合わせたと思います。
基本的には自分が信頼している人だけにカミングアウトをするんです。アウティングされることによって、中傷を受けたり、その場所にいられなくなるかもしれない。カミングアウトをされたら、本人の許可なく他の人に話すことは避けてください。
カミングアウトをする側も、される側も、それぞれの立場で偏った情報を持っているのだと思います。自分はどの立場にいて、どういう情報に多く触れてきたのか。社会全体を見る目と、自分を振り返る目の両方が必要です。カミングアウトはそういうことを考えるきっかけにもなるのでしょう。
――カミングアウトされた側もけっこう勉強になったりしますよね。
砂川:そう思いますよ。伝える側のぼくが言うのはおかしいんですけど(笑)。なんで同性愛に嫌悪感があるのか振り返ってみたら、「男らしくあらねば」と自分の女性的な面を抑圧していたからだと気付いた男性もいました。
カミングアウトは「他者」との出会いです。自分の予想しなかった存在と出会う。どうせ出会うのであれば、分かり合えないと拒絶して切り捨てるよりも、それをきっかけにいろんなことを考える関係性を築けたほうがいいですよね。
同性に告白されたら?
―― 一橋アウティング事件のように好きな人に告白をしたり、この本のように家族にカミングアウトすることがまずは多いと思うのですが、そのときどうしても受け入れがたさを感じたときはどうしたらいいのでしょうか。もし受け入れられなくて、そのことを誰かに相談したくなっても、アウティングになってしまう可能性もありますよね。
砂川:受け止められずに、誰かに相談したくなったとき、一番いいのはLGBTのことを扱う電話相談に連絡してみることです。ただハードルが高いと思う人もいるでしょう。その時は、自分が信頼できて、かつその人のことを知らない人に相談することは許されるんじゃないか。もちろんカミングアウトした人を特定できるような情報を言わず、具体的な会話内容を伝えないように注意することは必要です。
では、自分が告白されたときは、どうしたらいいか。「同性の人に告白されたときどうしたらいいですか?」とよく聞かれるのですが、「自分が恋愛対象じゃない異性から告白されたように断ればいい」といつも伝えます。たぶん、傷つけたくないという優しい配慮から来ているのかもしれませんが、告白そのものには気をつかう必要はないです。もしその後も友達付き合いをしていきたいと思うなら、そのことをしっかり伝えてあげたらいいと思います。異性でも同性でも同じ対応ですよね。
親子の場合は複雑です。友人関係とは違って、簡単に疎遠になれるものではないし、他の関係よりも割り切れない思いがある。お互いに分かり合えるのが一番いいですが、ある程度やり取りをしてみて傷つくのであれば、一度離れてみるのもいいと思います。
親御さんの多くは、自分が受け入れられなかったこと自体にショックを受けるんです。予想していなかったことなので、それは仕方ない。受け止められなかった自分を責めないで欲しいです。
カミングアウトは続く
――この本ではカミングアウトを「再構築」だと捉えていますよね。これはどういう意味でしょうか?
砂川:カミングアウトは一度したら終わりではありません。それ以降、その話題が封印されてしまうこともありますし、その場では納得したように見えても、実際は戸惑っていることもあります。言った方はちゃんと伝えたつもりでも、相手に知識がないと「たまたま今だけ」のものとして同性愛を捉えていたり、結婚や子どもは恋愛とは別物だと思っている人もいる。曖昧にしか伝わっていない場合もあります。
例えば、この本で触れられている由香さんの事例では、カミングアウトをしていなかったので自分が緊急入院したときにパートナーに連絡してもらえなかった。そのとき手続きをした妹さんは、「二人はパートナーなんだろうなぁ」とは思っていたのですが、はっきりと言われたわけではないので、踏み込めなかったと話していました。
尊重したい気持ちがあっても、曖昧だとどうしていいのかわからない。カミングアウトは一回で終わるものではなく、言った側も聞いた側も、そのことをめぐって何度も会話して、理解を深める必要があります。
ここまでお話してきましたが、「正しい」カミングアウトの受け止めかたはありません。同性愛の知識がある方がいいですが、まずは「この人のことを知りたい」という気持ちから始まるのです。どれだけ最初にショックを受けていても、その気持ちさえあれば、少しずつ時間が解決してくれるものだと思っています。
カミングアウトは語りづらい?
――『カミングアウト』では8つのストーリーを取り上げていますが、そのエピソードを選んだ基準はありますか?
砂川:この本では、あえてわかりやすい事例を選んでいます。そもそもカミングアウトって、はっきりしないストーリーであることの方が多いんです。
相手となんとなく探り合いをしたり、カミングアウトした次の日のお母さんのご飯の出し方がちょっと違った気がするとか……言語化できない行為も多いし、俯瞰しづらい部分もあって、ストーリーとして語りづらい部分があります。
それでもわかりやすい事例を載せたのは、なぜカミングアウトをするのか? なぜ言いづらいのか? を知ることは必要だと思ったからです。
基本的な型がわかっていれば、逸脱することができます。例えば、「勝手に情報を伝えると、ネガティブなことが起こる可能性がある」とアウティングの危険性を知っていれば、人に情報を伝えるときも慎重になれます。
――この本を型にして、語りだす方も増えるかもしれませんね。
砂川:そうだったらいいですね。カミングアウトをしたいときに高いハードルを感じずにでき、伝えられた相手も衝撃を受けることない社会の一助に、この本がなればいいなと思っています。
(聞き手・構成/山本ぽてと)