皆さんは映画『ワンダーウーマン』(2017)はお好きでしょうか? この映画はアメリカにおける女性スーパーヒーローの嚆矢であるワンダーウーマンことダイアナをヒロインにした作品で、パティ・ジェンキンズが監督をつとめ、ガル・ガドットがタイトルロールを演じました。DCコミックスのヒーローが集うDCエクステンデッド・ユニバースの1作であるこの映画は大ヒットし、強く正しく美しいワンダーウーマンは世界中の女の子の憧れの的になりました。私の学生の間でも、ワンダーウーマンは人気があります。
この映画に出てくるワンダーウーマンは、よく若い女性にとってのフェミニスト的なロールモデルだと言われます。ワンダーウーマンは高潔で賢明で、自らの理念に基づいて行動する平和主義者です。窮地に陥った時でも冷静で、男性の仲間と協力はしても、男性に救出されるとらわれの姫君になることはありません。武道の達人で、絶世の美女です。世界中の女の子が憧れるのも当然です。
しかしながら、少なくとも私自身は、どうもあまりピンときません。『ワンダーウーマン』は面白い映画だし、子供達がお手本にできるような女性のヒーローを主人公にしたこういう映画はもっと作られるべきだと思います。ただ、見ていて私の映画、私のヒロインではないな……と思うところがあるのです。
私がアメリカのアメコミ映画で一番自分に近い、好きだと思えるヒーローはX-MENシリーズのクイックシルバー(エヴァン・ピーターズ)とDCエクステンデッド・ユニバースのフラッシュ(エズラ・ミラー)です。フェミニストである私が、なんでみんながフェミニストのお手本だと行っているワンダーウーマンではなく、こういう男性ヒーローのほうに親近感を感じるのでしょうか?
今回の記事では、私がワンダーウーマンに感じる引っかかりからはじめて、女性のスーパーヒーローと社交性について考えてみたいと思います。
ワンダーウーマンは素敵な女性だけど…
私がいまいちワンダーウーマンを「私のヒロイン」だと思えないのは、ワンダーウーマンが完璧超人だからです。
ワンダーウーマンはアマゾン族の王女という高貴な生まれで、人々を率いる準備として学芸や優美な立ち居振る舞いを子供の頃から教え込まれています。さらに勇猛な戦士である叔母のアンタイオペから武術の英才教育を受け、優れた戦いの術を身につけました。終盤では父が神だということもわかります。つまり、生まれた時から社会の指導的立場につくことが予想されている超エリート女性です。
もちろん、ものすごく高貴な生まれの完璧なヒーローが活躍する作品はあっていいし、その手の物語が単調になりがちであることを考えれば『ワンダーウーマン』は非常に成功した作品と言えます。しかしながら、フェミニストとしても、田舎育ちの垢抜けない映画好き女性としても、もうちょっと現実に生きている女性とつながった苦労や悩み、欠点を含んだ人間性、女性同士の協力などを描きこんだ話を見たいと思ってしまいます。ワンダーウーマンは素敵なヒーローですが、私の好みからするとちょっと完璧すぎます。
もう1点指摘しておきたいのは、『ワンダーウーマン』の話の作りはけっこう古典的だということです。この映画は第一次世界大戦の悲惨な戦場を舞台にしたダークな戦争アクションである一方、ロマンティックな映画でもあります。一度も男性に会ったことがなかったワンダーウーマンは、外の世界からやって来たスティーヴ(クリス・パイン)と出会い、その自己犠牲により愛の力を知ります。基本的には、アン王女(オードリー・ヘップバーン)が新聞記者のジョー(グレゴリー・ペック)と出会って大人の愛を学ぶ『ローマの休日』(1953)や、ローズ(ケイト・ウィンスレット)がジャック(レオナルド・ディカプリオ)と出会って成長し、ジャックの自己犠牲によって生き延びた末に自立する『タイタニック』(1997)同様、傑出しているが少々風変わりな女性が実際的な男性の美徳に感化され、成長するという恋愛ものの定番を踏まえています。私はこういう古典的ロマンスが好きなのですが、一方で2017年に女性のスーパーヒーローを主人公にしてやる話かなぁ……とも思います。このへんも、私が『ワンダーウーマン』を面白いとは思いつつ、自分のヒロインだとは思えない理由のひとつです。
社交性が低いヒーロー
私のお気に入りのヒーローであるクイックシルバーとフラッシュの共通点は、一目瞭然です。2人とも速度が特徴のヒーローであるということと、著しく社交性が欠如しているということです。両者とも超高速で活動することができるのですが、そのせいで周りの人にあわせることがなかなかできず、社会生活上の問題を抱えています。
『X-MEN: フューチャー&パスト』(2014)を観賞した時、クイックシルバーが周りの人の行動速度が自分より遅いことに戸惑っているらしいのを見て、ものすごくよくわかると思いました。私はとにかくせっかちで、この連載の原稿はだいたい毎回、1本あたり4時間から半日くらいで書き上げています。1万3千字くらいの論文を1日で書いたことがあります(他の人と話して気付いたのですが、私はかなり書く速度が速いようです)。
あまり表には出さないようにしていますが、数千字くらいなら半日で書けるのになんであの人は原稿を出さないんだ……とか、その程度の作業ならすぐ終わるのに……と、仕事をしていて他人の速度にイラつく時がたまにあります。そういうふうに周りの人に苛立つのは悪いことだと思っていたのですが、クイックシルバーが自分そっくりの態度なのを見て、自分みたいなスーパーヒーローが映画に出てくるようになったんだな……と、子供のように嬉しくなったのを覚えています。
一方でどうも映画の中の描写からすると、クイックシルバーはかなり周りの人にとっては不愉快なことをしているように見えるらしいので、たぶん自分も周りの人にとっては不愉快なのであろうと若干、自分を客観視することができました。
ジャスティス・リーグの一員であるフラッシュはクイックシルバーよりもうちょっと友達を欲しがっているようですが、それでもだいぶ人見知りが激しいキャラクターです。自分のスーパーパワーを使って気ままに活動していたところ、バットマンに発見され、仲間にならないかと言われて嬉しそうにメンバーになります。私がこの連載を始めるきっかけになったのは、はてなでこつこつ気ままにブログを書いていたところ、サイゾーから声がかかったからなのですが、社会性がなくて得意なことを気ままにやっていたら誰かが見つけてくれて……という経緯に親しみを感じてしまいました。
クイックシルバーやフラッシュのことを書いたのは、私がいかに社交性がないかを強調するためではありません(まあ、ないのですが)。ここで指摘しておきたいのは、このレベルで社交性が低い女性のスーパーヒーローはまだアメリカ映画ではあまり描かれていないということです。
社交性は性別を問わず社会的に高く評価される素質ですが、女性の場合、明るく感じよく振る舞うこと、とくに男性に対しては微笑みをたやさず接することが良いのだという強い社会的圧力がかかります。この点では、王女として上品な立ち居振る舞いを身につけており、かなりまともな対人スキルを持っているワンダーウーマンは、伝統的な女性の美徳をそなえていると言えます。私がワンダーウーマンよりもクイックシルバーやフラッシュのほうがずっと自分に近いと思う理由は、明らかにこの社交性の欠如にあります。
女性ヒーローの社交性の低下
クイックシルバーやフラッシュほどではなくとも、最近のアメリカ映画に登場する女性ヒーローの中には、これまでの女性キャラクターに比べると伝統的な女性の美徳としての社交性を備えていない人物も増えてきています。
マーベル・シネマティック・ユニバースの一部である『キャプテン・マーベル』(2019)のヒロインであるキャプテン・マーベルことキャロルは、そこまで対人スキルが無いわけではないのですが、人に媚びないマイペースな性格です。しかしながら、男性であればとくに問題視されない程度の社交性の持ち主であるにかかわらず、映画の予告が公開された後、ヒロインが無愛想すぎるからもっと微笑めという性差別的なコメントが観客から寄せられ、話題になりました。
また、ディズニーアニメ『アナと雪の女王』(2013)は2人のディズニープリンセスが主役をつとめる作品ですが、そのうちのひとりであるエルサは特殊能力を持っているので、ある種の女性スーパーヒーローと言えます。エルサはすごく人と接するのが苦手で、センスもちょっと風変わりだし、恋愛にはあまり興味がありません。エルサはアメリカ映画においては画期的なレベルで社交性の低いスーパーヒロインだと思います。ちょっと悲しいのは、この映画がエルサの社交性の低さをあまり肯定してくれないことです。以前書いた批評で指摘したように、この映画は人間嫌いが引きこもって暮らすことは良くない、力を人々のために使うほうがより充実した人生なのだ、という結論に落ちつきます。『アナと雪の女王』は、実はあんまり人間嫌いにやさしい映画ではありません。
『デッドプール』(2016)シリーズに登場するネガソニック・ティーンエイジ・ウォーヘッド(ブリアナ・ヒルデブランド)もいいキャラクターです。いつもぶすっとした不機嫌そうな十代の少女ですが、ちゃんとかっこよく活躍します。『デッドプール2』(2018)ではとても感じのいいガールフレンドのユキオ(忽那汐里)とともに登場しており、無愛想な女の子でも多少の社交生活はあり、恋愛もするのだということをきちんと描いています。
私は今後、是非こういうトレンドが続いてほしいと思っています。男性ヒーローは既にかなり多様化していますが、女性についてもいろいろな性格や背景を持ったヒーローが出てきて、ビッグバジェットのアクション映画で活躍するようになればとてもステキです。できれば子供の頃にクイックシルバーやフラッシュみたいなヒーローが出てくる映画を見られたらよかったのに……と思っています。たぶんそれが女性のヒーローだったらもっと嬉しかったでしょう。
映画やテレビに多様なキャラクターが出てきて、子供たちがその中から少しだけ自分に似たヒーローを見つけられるというのは、とても重要なことです。ちょっとしたことで悩んでしまったり、苛められたりすることが多い子供にとって、ロールモデルを見つけることは少しだけ人生が楽になることを意味するからです。今後もどんどんいろいろなヒーローが出てきて、中には社交性ゼロのぶすっとした人見知りの女性ヒーローもいるといいなと思います。