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フラれて被害者ヅラするダメ男たちの映画に辟易~『her 世界でひとつの彼女』

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 だいたい、音声を女に設定した時点で、OSが男にとって性愛(セックス)の対象になるという“疑いのなさ”が意味不明。劇中、主人公は仕事で赤の他人の気持ちを代筆するのだが、その手紙の出来があまりに高評価で、同僚から「君の中には男と女が存在するみたいだ」と賞賛されるシーンがある。それならば、OSにも両性を持たせるくらいの発想はなかったのだろうか。

 この映画で多分もっとも斬新なのは、「さすがに恋人がOSな俺ってどうなんだろう……」、とそれなりに悩んだ主人公が、元カノでもある女友達に後押しされて、「好きなものは好きなんだから、これでいいのだ!」と開き直り、積極的にサマンサのことを周囲に紹介しだす、という展開だろう。この、新しい存在を否定しない、という筋書きはまあ悪くないと思う。

 が、そうして今まで孤独だった男が幸せを手に入れるも、相手は最新コンピューターなもんだから、どんどんアップデートしていき、出会った(購入した)頃とは別人のような進化をとげていく。そんな彼女に、「こんなはずじゃなかった!」とダダをこねた挙げ句、彼女のほうから「わたしたち距離を置きましょう……」と言わせて、主人公はすっかり傷心のラストを迎える。

 これって、男にとって自分より「下」と見下していた女が、だんだんとスキルを身につけて出世したりして、自分の手に負えなくなった途端その女のことが憎くなってくる(女の能力を認めたくない)、最高にくだらない男のことなんじゃないだろうか。今どきそんな男の恋愛模様を見て、何を楽しめと言うのか。

 しかもこの主人公には、離婚協議中の妻もいる。こいつは妻に対しても、「俺はずっと好きなのに君のほうから離れていった」、とひたすら被害者ヅラ。相手が人間でもコンピューターでも、「自分は愛してるのに、わけもわからぬうちに捨てられる、孤独で可哀相な僕ちゃん」キャラ。他人を見下していることに無自覚で、被害者ヅラのまま変わろうとしないから、成長していく女たちに呆れられて振られるんだけど、きっと監督自身もそんなキャラなんだろうなあと思ってしまう、ダメな映画だった。

 今作を見ながら思い出したのは、毒舌キャラのテディベアが大人気になった『テッド』である。この作品も、三十歳も越えたセールスマンの主人公が、大好きなぬいぐるみも可愛い彼女も手放したくない大人になれない僕ちゃんを、ひたすら監督が甘やかしてるだけの映画で、ただただ不愉快だったのだ。

 人格を持った人形や、最先端のOSと人間の関係。一見、革新的なテーマで描いてるふりをしながら、その中身は、相変わらずの、傷つきたくない男たち(もしくは傷ついた原因は女だと信じている男たち)を擁護するだけの話にしかなっていなくて、そんなものに二時間近く付き合わされたこっちの身にもなってほしいもんである。

 生身の女では飽き足らず、ぬいぐるみにもコンピューターにも守られていたい弱虫な男たちが作るおしゃれな近未来。そんな世界は映画の中だけの「おとぎ話」だと信じたい。

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