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既婚でも不細工でも顔も素性も知らなくても、恋は自然発火する~静かなるインド映画

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『めぐり逢わせのお弁当』公式HPより

『めぐり逢わせのお弁当』公式HPより

『めぐり逢わせのお弁当』リテーシュ・バトラ監督

 インド映画といえば、いわゆる「ボリウッド」と呼ばれる、ハリウッドにも匹敵するような大予算を基に、現地ではスーパースターらしい俳優(日本人から見ると普通の中年インド人にしか見えないのだが……)と絶世の美女たちによるド派手な歌やダンスが息つく暇もないほどの勢いで展開されるミュージカル、とにかくゴージャスで愉快な世界、というイメージが一般的なものだろう。

 なので、8月に公開されたインド映画『めぐり逢わせのお弁当』を見たときにはまず最初に、イメージとは真逆の物静かな世界に驚いたのだが、じわじわと感動が押し寄せた。35歳の男性監督が作った、地味だけどキュンとくる恋愛映画だ。

 インドでは「ダッバーワーラー」(弁当配達)なるサービスが一般的らしく、妻が作ったお弁当をお昼前に配達人が家まで取りにきて、主に旦那の職場まで持っていってくれるのだそうだ(なぜ朝から自分で持っていかないんだろう……、という疑問は抱いてはいけない。冷めても美味しい、が通用しないのかも)。配達人は同時に幾つものお弁当をピックアップし、電車やバイクでいろんな場所に届けるのだが、それが誤配達される確率は600万個に一度、と、かなり完成度の高いシステムとして機能している。

 そんな国で、平凡な主婦が夫のために作ったお弁当が、別の人に届いてしまったことから、この物語が始まる。

 可愛い娘はいるけれど、家庭にはまったく興味のない夫との生活に、限界を感じている若い女。妻に先立たれたあと、人付き合いもほとんどせず、数日後には定年退職日を迎えるという初老の男。お弁当が間違って届いていることに気付いたふたりは、弁当箱に短い手紙を残し合うことでコミュニケーションを取り始める。

 顔も年齢もまったくわからないふたりだが、女は手紙の相手に心惹かれ始める。夫はお昼に届いたお弁当が妻でない誰かが作ったものだとも気付かないほど自分に関心がないのに対し、手紙の相手は、その日の味や内容に細かくコメントしてくれるだけでなく、生活の悩みにまで優しく応えてくれる。一方の男も、手紙のやりとりによって、わずかながら日常生活に希望を見出しはじめ、周囲との関係が変化していく。

 現代のようなメールやSNS全盛時代、しかもIT大国のインドで、こんなおとぎ話みたいなロマンスありえない、とバカにすることもできる。文通だからもちろん超プラトニックだし。それでも、このふたりの間にゆっくりと静かに芽生えはじめる感情にドキドキし、その行方にハラハラする理由は、演出の仕掛けが奏功しているからだ。

 この物語にはもうひとり重要な登場人物がいる。それは、主人公のアパートの上階に住むおばさんで、植物状態の夫と暮らしているらしい彼女と主人公は、窓越しに大声で井戸端会議的な会話をしたり、紐をつけたカゴに野菜や余りものを乗せておすそわけしあう仲だ(文通のことも相談済み)。かなり元気で面白いおばさんなんだなということはわかるのだが、彼女の顔や姿は最後まで画面に登場しない。そして手紙のやりとりをしあう男と女も、決してお互いの顔を見て話すことはない。つまり、映画の中で、主な人物たちの視線が交わらないのだ。それがいつか交わるときがくるのか、くるとしたらそのとき何が起こるのか、観客は緊張しながら彼や彼女たちのそれぞれの視線の先を見ることしかできない。だからこそ、そこで交わる目に見えない「何か」に心動かされるのだろう。

 それともうひとつ、個人的にこの映画の切なさが身に染みた理由がある。この初老の男性は特にかっこいいおじさまなわけでなく、冴えない中年としか言い様のない風貌で、しかし今までそんなことは彼にとってどうでもいいことだったはずなのに、文通をきっかけに、自分の外見的な老いを意識し始め、絶望する姿が、見ててなんともいたたまれないのだ。映画の中では深く突っ込まれてないけれど、彼は女性との肉体関係なんてもう長いこともってないだろうし、だから文通相手とのそれを想像したときに、思いっきり自信をなくしてしまって、彼がとったある行動。若けりゃいい、ってわけではないけど、時間って残酷だなあと思わずにいられない。

 しかしこの映画の大きなの魅力は、なんと言っても、度々映るインドのお弁当だ。五段重ねで筒状のお弁当箱に、カレーやナンや美味しそうなおかずが詰められ、そりゃこんなもの作ってくれたら誰が相手でも惚れるだろうなと思わずにはいられないほど魅力的なお昼ご飯。観賞後は絶対にインド料理が食べたくなるので、劇場近くのお店を確認してから見ることをオススメします。

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