それまでは村の古い言い伝えと信じられていた謎の美女妖怪(夜な夜な山中の沼に現れては醜い蛇に変身して男に襲いかかる)、その正体が実は楳図の母親で、実際にはそこで男に襲われた彼女が身ごもったのが楳図自身であり、その事件がきっかけで、母は妖怪と村の人に噂されるほど色情狂になってしまった……えー! それだけでもじゅうぶん、自分の母親をなんちゅーキャラに仕立てるんだと驚くのだが、何も知らなかった若き日の楳図がそれを徐々に知っていくその姿を、78歳の楳図かずおが自分の過去として描いている、そのことは事実。現実の彼と母親の関係には「所詮男はみんなマザコンよねー」なんて軽い言葉では済まされない、深い闇を感じずにはいられない。
映画はさらに衝撃の展開を続ける。母親が楳図を可愛がったその本当の理由、そして生き霊になってまで現れた理由、もう観客には手に負えないほど、母親の人生は見てて辛過ぎる。終盤、編集者の命を狙うために現れた亡霊の姿は、それまでの老女ではなく、若く美しいときの姿になっている。愛する息子に寄り添う女性に、女として嫉妬した母親。しかしそれは、化け物。
その編集者の役名が、「若草さくら」と聞いたとき、ちょっとした悪ふざけかと思ったのだが、最終的に、この映画は「洗礼」そのもの、つまり、自分の母親が「洗礼」の、漫画史に残るほど頭のおかしい女であると、楳図かずおは自らの映画で言ってしまっている。
「洗礼」以外の作品でも、楳図漫画に登場する女性は、異様なほどの美しさで描かれるが、たいていその正体は蜘蛛女だったり蛇女だったり、毒々しい存在として現れる。
ひとりの男性にとって、女性という生き物をここまで、人間ではない何か、もしくは美しくなければ人間でない、と強く思わせた、母親という女の存在。それにとらわれ続けたのか78歳の現在まで独身で、その年齢になってようやくホラー映画という手段を見つけ、客観的に母親を描くことができた楳図かずお。漫画よりも映画よりも、最もホラーな人生を送っていたのが作家本人なのかもしれない。
映画はラスト、わずかながら希望を感じさせて終わる。それがひとりの男の母親への愛なのか、未だ逃れられない呪いなのか……。まだまだ若造のわたしには映画を一作見たくらいで解ける謎ではなかったので、是非ともまだまだお元気に、監督第二作目も撮って頂きたい。
もちろん漫画家楳図かずおには「まことちゃん」という代表作を筆頭に、ホラー以外にも名作漫画はたくさんあるのだが、個人的におすすめなのは、「偶然を呼ぶ手紙」という、ホラーではないものの、女の顔を巡るミステリー漫画だ。これの闇深さも相当なので、興味があれば「洗礼」と併せて読んでみて下さい。
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