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今いちばん気になる文化系イケメンこじらせ青年、グザヴィエ・ドラン

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僕の自意識のかたまり

 友人男性のお葬式で、携帯の電波も通じない田舎にひとりでやって来たらしい主人公の青年トム。どうやらトムと故人は恋人同士だったようだが、友人の年老いた母親はその事実を知らない。しかしその実家に住む友人の兄フランシスはそのことに気付いていたらしく、脅迫めいたサイコな行動でトムを脅し、理解不能な理由で彼をその場所に留め続ける。最初は抵抗していたトムも、他の人間や場所とつながる手段がない狭い場所で、徐々にフランシスに対しストックホルム症候群的な、妙な共感を抱き始める……。

 映画のポイントは、閉鎖的な田舎町で、周囲からも敬遠されている兄フランシスの異様な存在感と暴力的な行動の恐ろしさだ。しかし、フランシスがなぜそんな人間になってしまったのか、その理由が徐々に明らかになっていくと、これまた単純明快。自分より弟を可愛がっていた母親の愛情に飢えていたがゆえだった、という、大変わかりやすい、よくある展開だ。

 イケメンでゲイでアート的な才能に長けた若者が作った映画にしては、どの作品もプレーン過ぎる気がする。特に、『マイ・マザー』において短絡的な母親像の酷さや、大人に対してガキ丸出しの抵抗を続ける主人公のやりとりなどは、見ていて、「だからなんやねん!」と突っ込みたくなるほど、どうでもいい。

 しかしである。普通なら、そこで「ああどうでもいい映画だったな」と放り出すところなのだが、ドラン監督の場合、「そこまで自分とその周囲の世界にしか興味がないんならしょうがないな」「20年ちょっとの人生でこれだけこじらせて、こじらせまくった結果こんな映画まで撮っちゃう自意識過剰もここまでくれば面白いんじゃないか」と思わせる勢いがあるのだ。

 これをそのへんの若者にやられたら目も当てられないし、実際この世の中にはそういう目も当てられない若者の作品が辟易するほど多い。かまってちゃんたちをかまってられるほどみんな暇ではない。

 そんな有象無象からイチ抜けしたドラン監督、なるほど、ここまで大声で「僕を見てー!」と叫ばれたら見ずにはいられない。おまけに「僕を見てー!」を今作みたいな他人の物語でも実践するんだから、ただのナルシストでもないんだろう。

 『トム・アット・ザ・ファーム』は、もちろんサスペンス映画として楽しめる。唐突に画面のサイズが変わったり、音楽の使い方が独特だったり、映画としても手のこんだ作品であることは確かだ。しかし、作品そのものから受ける印象はあくまで、「グザヴィエ・ドラン」。

 果たして次回作もそれでいくのか、それでどこまで続くのか、どこかで大変身するのか。文化系イケメンこじらせ青年のこれからを、飽きるまでは見続けてみたい。

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