どれだけ「いい女」を装っても、中身が空虚な主婦の寄る辺なさ。映画『紙の月』

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本人にとって「自然に」生きてきた結果

 梨花には、何もないのだ。情熱をかける趣味や、生活のための仕事や、育てるべき子供、夫への愛情もない。自分よりうんと若い男の気を惹き続けておくための魅力にも乏しいから、お金に頼るしか方法がない。梨花は、自分自身の身の上話すら他人のエピソードをパクって語る。噓でもつかなきゃ、特に話すようなこともない女なのだ。

 こういう女は多分友達になっても面白くないだろうから、個人的には苦手だ。映画の中にも梨花の友達らしき人物はまったく登場しない(原作やドラマ版には、高校の同級生が2人メイン人物として登場するのだが、映画では省かれ、代わりに原作にはいない職場の同僚が幅をきかす)。だが、「こんなつまらない女、どうでもいい」と切り捨てることもできない。梨花が歩んできたそれまでの“退屈な人生”を想像すると、なんだか苦しくなるのだ。

 必死にお金を横領する梨花の姿は、まるで生まれて初めて何かに夢中になることができたような、喜びにも似た感情を滲ませている。彼女だって、自分で切望して退屈な人生を歩んできたわけではないだろう。適当に大学を卒業して適当にいい結婚相手を見つけて適当に日々生きてきた、誰からも非難されない、まっとうな生き方をしてきただけのことなのに、その結果、犯罪でも犯さなきゃ誰からも相手にされないような人間になってしまった。一体誰が悪いのか?

 パート先の銀行には、いわゆるお局的な先輩の小林聡美がいる。正社員でもないのに厳しく几帳面な仕事ぶりで、後輩のみならず上司にも疎まれている彼女は、「女性らしさ」を極力削ぎ落とした素っ気ないビジュアル。梨花の横領に誰よりも早く気付いた先輩は、クライマックスシーンで梨花と対峙する。その時、先輩は一度やってみたい無茶な欲望を梨花に打ち明ける。それはなんと「徹夜」だ。そのセリフを聞いて先輩の人生を想像した私は、銀行預金を着服する人生よりも、「徹夜なんて無茶過ぎてできない人生」の方が恐ろしい、と感じたのだった。毎日真面目に過ごすことだけを目標にしている先輩の、翌日の仕事を考えたら徹夜すらできないという人生。そのうえ、真面目に生きてきた結果として背後で「行かず後家」と笑いものにされる。そんな大人の女性になったことは、先輩の責任ではない。

 さて、横領がバレた梨花は大胆にも国外逃亡を実行する。いくらでも逃げればいいと思うのだが、梨花が自分が何から逃げているのか、そのことに気付かない限り、逃げ切れることはないだろう。

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