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『おおかみこどもの雨と雪』女性の社会進出に立ちはだかる大きな障害は「理想の母性」か?

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男に都合の良い理想の女性

 細田守監督はこの映画の着想のきっかけを「自分の身近で子供ができた夫婦が増えて、親になった彼ら、特に母親がやたらカッコよく、輝いて見えました。それで子育ての話を映画にできないかな」とインタビューで語っている。「この映画は、母親の役割を通した女性の話として作りたかった」とも。そんな監督の思いがこもった“花”という女性が母として成長していくさまは、同じく子育て中である筆者にも共感できるところがたくさんあるのでは……という淡い期待を持って見始めたが、そんなことはほとんどなくて、ラストに近づけば近づくほど気持ちが冷めていった。細田監督や世の男性にとっての理想の女性&母親像ってこれ!? とガッカリしたのである。

 そしてガッカリ以上に「これが世の多くの男が理想とする女性であり、母親であり、子育てなのか……?」と、なんだかものすごいプレッシャーを感じてしまった。かろうじて共感できたところは、幼い雨と雪が暴れて部屋中めちゃくちゃになってしまったときに「あ……そうそう、片付け大変だよな」と思ったぐらい。

 まず、花はものすごく地味だ。化粧っけもなく、遊んでいる姿なんて一瞬もない。煩悩にまみれた人間らしさがない。女どうこう言う以前に人間という存在を超えているなにかなのでは……? “おおかみおとこ”と恋に落ちる前も、落ちてからも、花は自宅で料理をするときピンクのエプロンをしていた。アルバイトで生計を立てながら大学に通う勉強家なだけあって、部屋でよく本も読む。出産や子供の成長に合わせて彼女の本棚の中身は変化してゆく。一方で、行政・福祉の支援を受けようという発想はないらしい。知識が欠如しているのか、彼女の読む本にはそういった情報が書かれていないのか。

 国立大学で熱心に講義を傾聴する彼女は将来どういった仕事をしたいと考えていたのかも不明だ。“おおかみおとこ”に恋をしてセックスに至る経緯は、物語が進んでいくための非常に大事なエピソードのはずなのに、彼女の心情がすっぱり省かれて描かれていて「いつどこで“おおかみおとこ”に恋したんだっけ?」と何度も見返したが、分からなかった。2人は特にたくさん話をしたわけでもないのにすぐに恋愛関係になっててびっくりである。初めてセックスするときに彼氏が狼にトランスフォーム(なんで人間の姿でセックスしないのかこれも謎)というこれまた驚きシチュエーションをすんなり受け入れて中出しもOK(しかも大学生なのに、年子をパパッと産んでしまうくらい)してしまう心理なんて、分からなすぎて頭の中が??? だらけになった。

 花は勉強家で思慮深いイメージの女性として描かれているからこそ、このへんの突っ走り具合には違和感しか感じない。女の恋心を雑に描いているところも、男目線のご都合主義な映画なんだな、という印象を強く持つに至った理由のひとつだ。ファンタジーなので好きな男が狼だったことを彼女が受け入れる点に関しては目をつぶれるが、仮に苦労して自力で大学に行っているような状況であれば、生活力のなさそうな男とこのまま家庭を築いてもこの先子供が育てられないし、金を借りるアテもないから、まず卒業して就職を決めてから……とか考えそうなものなのに、行き当たりばったりすぎである。花のキャラクター自体がファンタジーそのものだ。

 母としての花はもっと不気味だ。“おおかみおとこ”に死なれてから3人でド田舎に引っ越してきて、廃墟さながらの一軒家に入居を決め、自力でメンテナンスしていくが、けっこう大きい屋根に平気で上って屋根の修繕をしたり、床や天井を工務店ばりのクオリティで修理していく。家計が苦しい(これについては後述)ため、家庭菜園にも手を出す。最初は失敗するが、しだいに花の人柄のおかげか、村人の助けを得られるようになり収穫も安定してくる……と、サバイバル能力高すぎなのである。時々は子供を叱るが、育児に疲れすぎて怒鳴り散らすなんてこともなく、ストレスが溜まる様子もなく、常に笑顔を絶やさず、子育ても順調。ますます人間離れしている。「これは壮大な夢オチで最初と最後のシーンは夢の入口なんじゃないか?」とかつまらない深読みをしてしまうほどである。

 そんな完璧な“母”である花なのに、菅原文太みたいな(声も菅原文太)腹巻きした村の長老クラスのジー様から、手ほどきをうけながら畑を耕しているとき、かがんだ花の後ろ姿にカメラが切り替わり、ずり下がったズボンからパンツがはみ出ているというチラリハプニングも。いやいや…このパンツ必要!? 無防備な女であることを示すためのシーン!? 監督というか男性が求める女っていうか母というのはこういうのか……とここでまたさらに強く感じて恐ろしくなった。無垢で頑張りやで泣き言をひとつも言わず、自分が女であることを忘れているかのような無防備さを不意に見せる、そんな母親ひとりもいないと思います。ぜったいあのパンツは計算してる、と女なら思うことでしょう。

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