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『おおかみこどもの雨と雪』女性の社会進出に立ちはだかる大きな障害は「理想の母性」か?

【この記事のキーワード】

働いて稼ぐより、子供と清貧な暮らし

 DVDを再生しながらいろいろな疑問が浮かんでは消えつつも、これはファンタジーだから……とそのたびに自分に言い聞かせたが、どうしても譲れない、これを取り上げなきゃ強い母親は描けないはずだろ、と強く思うのが経済的なことである。

 花は“おおかみおとこ”が生きていたころ、妊娠~出産を期に学校を休学しクリーニング屋のバイトも辞めているらしかった。“おおかみおとこ”は引っ越し屋でバイトをしていたので生計はなんとか立っていたようだ。しかし“おおかみおとこ”が死んでからの生活資金がどこから出ているのかが曖昧なまま、話が最後まで進んでいく(死んだ“おおかみおとこ”の財布に入っていたのは2000円だけだったし、雪のナレーションによれば残された貯金もさほどなかったようだ)。

 ド田舎に引っ越してから花は「家計が苦しい」的なことを言うがでも結局は、一家の生活収入額と支出はどのくらいで、どうやって生活資金を得ているのかよく分からないのである。特に旦那死亡直後は、頼れる親族もいないし住居も賃貸なのだから、生活保護を申請してもよかったと思うが。村人と親しくなった花は、野菜や卵をおすそわけしてもらったり、姉弟が小学生になると誰かのおさがりらしい勉強机の入手にも成功する。世渡りはそこそこ上手そうなのだが、廃墟同然だったボロ家を住める状態に整えるための資材などはどうやって手に入れたのか、靴や衣類は(雪には手作りワンピースを仕立てていた)、肉や魚やコメは……。家賃はほとんどタダだそうだが、水道光熱費・通信費もどうしていたのだろう。疑問は募る。花は毎月10万円ほども稼いでいなさそうだった。描写されていないだけで、やっぱり生活保護を受けたのだろうか。もし仮に、寡婦年金と児童手当・児童扶養手当・児童育成手当をきっちり申請して受け取り、それによって生計を成り立たせていたとしたら舌を巻く節約テクがあるに違いない。

 田舎に越して数年、姉弟が就学して子育てがひと段落した花は、ようやく仕事を探しはじめハローワークを訪ねる。そこで見つけたのが、自然観察員の補佐の仕事。ただものすごい薄給で、面接時に「高校生のアルバイトのほうがよっぽど時給がいい」と念押しされたのに、「狼の生態に詳しくなりたい」という理由で(おそらく)その仕事を選んでいた。2人も育てるのにそんな悠長でいいの!? しかも雪の大食いっぷりは作品中に何度も描かれており、エンゲル係数は相当高そうなのに……。廃墟ばりの古民家修理の並外れた手腕を活かしてガテン系の仕事につくこともできるし、いつのまにか自家用車も所有しているのだから山を降りて就職するのもアリだろう。しかし花は仕事を通した社会とのつながりがほとんどないまま話は終わる。シングルマザーでの子育てでそこに触れないのは心底がっかりしたし、監督が考える“カッコよく強い母親”というのは、“おおかみおとこ”や“おおかみこども”の存在以上にファンタジーで人間離れしたものなのだなぁとつくづく思った。母親たる女性は子育てにおいて社会とのつながりがなくてもオッケーだと、監督や一部の男性は、考えているのだろうか……。

 一部の男性が、花のような女性を理想の母、カッコいい母、と本音で考えているのであれば、アベノミクスが掲げる「女性の社会進出」は実現不可能だろう。この映画を観て強い危機感を覚えた。

 作品に描かれているのは、果たして本当に強い母親だろうか? 花は、男と家族のためならば在学中であろうと求めに応じて子作りに承諾し、自分の将来を簡単に諦めることができる、男にとって“物わかりの良い女”だ。子供を養い、子供を学校に行かせるために仕事に奮闘しながら子供と生きる母親ではなく、貧しくとも(っていうかなんで生活できてるのか分からないけど)子供と常に向き合う時間を持つ母親が理想とされる社会で、女性の社会進出などできるはずもない。というか、花は「丁寧な自炊」と「寝かしつけ」、「裁縫」などを実行してはいるけれど、基本的に放任主義でしつけも教育もしないし、思春期に近付く子供たちの心境の変化にもまったく寄り添おうとしない。終盤、嵐の迫る中で同級生と学校に取り残された雪はよりどころのない寂しさを抱えており、処女喪失していそうに思えた。「子供たちは私が守るの」と繰り返しながら、自立した生き方を教えようとしない花の子育てのどこが理想的だかさっぱり意味不明である。

 しかも花はシングルマザーというのっぴきならない立場であるにもかかわらず、あくまでも仕事は最低限暮らせるだけ。いつも家にいて、家事をしているお母さんを理想として描く同作には、男性の考える“母のあるべき姿”はこうだ、という強い意志を見た。ファンタジーだが女性にとってはホラー映画である。

 ■ブログウォッチャー京子/ 1970年代生まれのライター。2年前に男児を出産。日課はインスタウォッチ。子供を寝かしつけながらうっかり自分も寝落ちしてしまうため、いつも明け方に目覚めて原稿を書いています。

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