社会

みんな幸せな家庭を築けるとは限らない。他人の事情を「想像すること」

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誰でも「幸せな家庭」を築けるとは限らない

―― 生きていくためにはお金が必要ですからね。そこを責めてはいけないと思います。風俗で働くシングルマザーもそうです。離婚してそれまで収入源だった夫がいなくなってしまったら、学歴や職歴があったとしても、十分な収入を得られる仕事に就けるとは限りません。その上、育児もしないといけない。そのとき風俗で働くという選択をする人だっています。そもそも風俗で働くことが悪いことではありませんし。

緒方 家族とのつながりがなかったら、生活を助けてくれる人もいない。それで風俗で働くと、「そういうことをするお母さんだから離婚するんだ」「事件を起こすんだ」といわれてしまう。週に5日間、朝から夜まで働くのがこの社会の一般的な働き方になっていますが、もっと柔軟に働けるような社会になっていたらそれだけでも違ってくるんでしょうけど……。

―― また、この映画のシングルマザーのように困窮した状況にある人へ「行政に相談に行けばよかったのに」と言う声もありますが、役所窓口を訪問することのハードルが異常に高い人というのがいることを忘れてはいけないですよね。あまりに困窮して追い詰められている場合、そこへ行くと叱られるのではないかとか、己の至らなさを責められそうで怖いとか、提供されるパンフレットや書類を読んでも内容が理解できないとか理由はさまざまで。

緒方 そもそも、生活が不安定な人は、どういうサービスが利用できるのか、困っているときにどの窓口に相談にいけばいいのかといった情報からも遮断されていることがあります。スマホで検索すればいい、と思うかもしれないけれど、どんなワードで検索したらいいのかまずわからなかったり、人によっては行政に相談するという発想すら持っていない人もいる。

緒方貴臣監督

緒方貴臣監督

―― どうすればこうした状況が変わっていくと思いますか?

緒方 虐待問題に関していえば、一番大事だと思うのは、子供がいる/いないに関係なく、われわれ一人ひとりが子供および子育て中の保護者に対して寛容になることだと思うんです。

 たとえば子供が立てる生活音、保育園や幼稚園への苦情なども含めて、風当たりが強いですよね。生活も多様化して、昼に眠る生活リズムの人もいるから、幼稚園がうるさいと困る人もいるのかもしれません。でも子供ってお母さんお父さんが自分の都合だけで育てるものじゃない。地域の人間にとって「関係ない存在」ではないということです。だから子供にも、その保護者に対しても、もう少し寛容になれたらいいのに、みんな余裕がないんでしょうね。

―― 定期的に話題になる「混雑した電車内でのベビーカー問題」もそうですね。

緒方 ぼく自身、妹の子供を世話することがたまにあります。妹が外出するときに子供と留守番する程度ですが、お母さんがいなくなることがわかると子供は泣き出してしまう。たまにしか世話をしないので、ぼくに懐いていないんです(苦笑)。でも、その子供と過ごして気づきました。お母さんはいつだって、やっていること、やりたいことを子供によって遮断されちゃうんだって。掃除をしていても、本を読んでいても、子供に呼ばれたら放っておけない。なんでもやりかけで中断させられるのはストレスですよね。数時間しかみていないぼくが感じるくらいですから、24時間365日子供と一緒にいるお母さんはもっと大変だと思う。その上、「まだ掃除終わってないの?」なんて夫や姑から言われたら、たまらないですよ。そうした日常的なストレスが積み重なっていることを、他人が知ったり、想像することができれば、もう少し寛容になれるのではないでしょうか。

―― けれど、お母さんが感じるそうしたストレスは他の家族にさえなかなか伝わらない。

緒方 はい。なので、いまから結婚する、子供を産むぞというタイミングの人には特に知ってほしいし想像してほしい。若い世代は、結婚も育児も、ポジティブなイメージを抱いているからこそ望むわけですよね。幸せな家庭を想像して結婚をします。まさか自分が離婚して、シングルマザーになって……なんて思わない。でもいまは離婚率が35%、誰でもシングルマザーやシングルファザーになり得るわけですよね。そういう現状を知っているだけで夫婦の心構えは変わってくると思う。

 だから若い人にこそこの映画を見て想像力を働かせてほしい。若い人が動くと、ネットを通じて伝播する速度が速いので、社会を変える大きな力になると思うんです。香港の民主化デモもそうですよね。若い人たちが変わって選挙に行くなど行動を起こせば、育児制度が充実していくんじゃないか。それが確実なんじゃないかと思います。

―― 全国で上映会をされているそうですが、手ごたえは感じましたか?

緒方 感じるところもあれば、あまり反響がないところもあります。事件のあった大阪はやっぱり手ごたえがありました。立ち見が出たんですよ。この映画はただでさえつらくて見ていられなくなる人もでるくらいですから、立ち見なんて絶対したくないですよね(笑)。しかもトークショーのために別の会場に移動したら、ほとんど皆さんそちらにも来てくれた。

 去年、初めて学生から声がかかって短大で上映をしたんです。学生の中には虐待を経験している人も必ずいるとぼくは思っていて、強制参加だとフラッシュバックを起こす可能性もあるので、自由参加を条件に上映してもらいました。実際、ドイツで上映したとき失神された方がいたんですよね……。150名くらいが参加してくれて、感想もたくさんもらえました。年配の方に比べて、可能性を感じました。若い人たちがこれから社会を作っていくわけですから、とてもうれしかった。

 この映画ではシングルマザー家庭で起こった事件を描いていますが、育児はシングルマザーだから大変だというわけじゃありません。お母さんもまた人間なのに、「お母さん」という生き物として見られてしまうこと、「完璧な親子」を社会が求めるから親は大変になってしまうんです。寛容な視点がまず重要です。

 この映画の母親のように、経済基盤をいきなり失い、追い詰められたら誰だって冷静な判断なんてできなくなります。社会がもっと寛容になって、育児がしやすくなってほしい。追い詰められている人間に手を差し伸べること、追い詰めている側の理不尽に気づいてほしい。あの事件をただ叩いていた人たちにこそ、この映画を見てもらって、そのことを考えてもらえたらうれしいです。
(インタビュアー・構成/カネコアキラ)

■『子宮に沈める』横浜シネマジャック&ベティにて3月21日(土)より1週間限定公開。

全く知らない人たちと同じスクリーンで観る劇場では、他の人の存在や反応を感じることができます。それは社会を意識させてくれます。そしてそれが本作を鑑賞する最高の環境と思っています。劇場を出た時、世界がいつもと違って見えるはずです。この機会にぜひスクリーンでご鑑賞ください。トークイベントも企画中です。(緒方貴臣)

緒方貴臣(おがた・たかおみ)
映画監督。福岡県出身。高校中退後、共同経営者として会社を設立。25歳の時、退社。海外を放浪の後、幼い頃から興味があった映画の道に進むために上京。映画の専門学校へ行くが、3ヶ月で辞め、2009年より独学で映画監督として映像制作を始める。作品テーマとして、『終わらない青』では、実父からの性的虐待を受け、自傷行為を行う女子高校生を描き、続く『体温』では、セックスと人の関係性を描き、人が嫌悪するようなテーマに体当たりするフィルムメーカーの為、日本の映画製作環境下では、出資者を募るのが極めて困難な為、全作品を自己資本で製作している。

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