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シングルマザーを珍獣扱いする日本。再生産される「母性信仰」

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「家庭的アピール」を迫られる背景にあるもの

―― 1985年に男女雇用機会均等法が制定されて30年が経ちますが、いまだに就労しながら家事育児を無理なく続けられる職場は多いとは言えません。なぜだとお考えですか?

水無田 いろいろと考えられますが、保守的な専業主婦志向をもった女性が再生産されてしまっているというのはあると思います。90年代以降に産まれた20代の女性は良妻賢母志向の強い保守的な人が30〜50代世代の女性より多いということが、様々な調査分析によって明らかにされてきました。

―― どういうことでしょうか?

水無田 70年代は一番婚姻率が高い時で、男性の98%、女性の97%が生涯に1度は結婚していた「皆婚時代」でした。女性は、学歴が高くても職歴があっても専業主婦になる人が多かった。そうしたお母さんたちは、男女雇用機会均等法以降、娘に対して「あなたが大人になる頃には、自分の能力を活かして働ける社会になっているはずだから、頑張りなさいね」と育てていたと思うんです。東京のいい企業に就職した娘を世話するために、地方に夫をおいて、娘のマンションに住み着くような母親が見られたり……。「王子様のように娘を育てた」のが、戦後民主化されていく社会で、自分が高学歴でも就業継続できなかった世代の女性たちですね。今なお、いざという時に子どもの世話を頼る相手は、フルタイムワーカーの母でも専業主婦でも7割が実母、公営保育所などは2割です。でもそれって、女性が働けるようになってきたものの、仕事を継続しながら家事や育児はできなかったってことですよね。働きながら「母親」にはなれなかった。

「トイレの神様」のような、おばあちゃん子の話って一時期流行ったじゃないですか。あれって、多くのワーキングマザーが実母に子どもを預けていたからなんだと思うんです。当時は今よりも保育所などの施設は少なく、制度も未整備でしたから、実家の支援がないと育児が難しかった。

雇用機会均等法施行(86年)以降、たしかにキャリア志向のエリート女性は、以前より就業継続できるようになりました。でもそういう女性は、結婚はしても結局子どもは望めなかった。逆に、あえて子どもを産むことを選択する女性は、保守的な志向性を持つ人が多数派を占めるようになった。ですから、とくに90年代以降生まれの人たちは、もともと保守的な志向性の母親から生まれたか、あるいはキャリア志向の場合はおばあちゃんに預けられて「おばあちゃん子」に育つわけです

―― そういう母親や祖母に育てられた娘たちが、2015年現在でも「お母さんの支援がなければ自分も働きながらの子育ては厳しいだろう」と感じている?

水無田 だから親が納得する相手じゃないと結婚したくない、と、今の若い人たちも考えているんですよね。

―― と同時に、幼少期を祖父母に育てられて過ごしたことで、母親との時間をあまり持てなかったと感じている人々が、「私は仕事より子どもを優先する母親になりたい」と考え、良妻賢母を目指しているということなのかもしれない。

水無田 男性だって、恋愛は個性的な女性とできても、結婚を考えたら家庭的な女性がいいですよね?

―― ……そうですね。そうかもしれません。

水無田 今、丸の内あたりで開かれている本格和食系の料理教室には、キャリアウーマンが来て大盛況だそうです。結局、婚活市場で弱者にならないためには、「家庭的アピール」をしないといけないからでしょうか。日本の男性も、恋人や妻の社会性って箱にしまおうとしますよね。「いやあ、うちのは……」とかいって、多くを語らない。ジャーナリストの白河桃子さんがおっしゃるには、アメリカでは男性が「俺の彼女、今度編集長になったんだよ、イケてるだろ?」なんて、妻や恋人のキャリア自慢する人が珍しくないらしいのですが(笑)。

―― 女性は女性で「母性信仰」に適応し、男性は男性で、女性に家庭的なものを求めてしまう。やはり男性が仕事をして女性が家事・育児をすることを前提に慣習や制度ができあがっていることが問題なのかな、と思いました。

水無田 はい。日常的な事柄と社会制度の問題は直結しているんですね。男性は長時間会社にいることを求められ、女性は家庭のために時間をとることを求められている。シングルマザーの場合は、男性と同じように仕事をした上で、家事・育児にも時間を使わないといけないわけですから、「時間貧困」に陥ってしまいます。

シングルマザーへの支援を行っているNPO「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」によれば、「お金」や「経済」より「時間」についてつらさを訴える人のほうが多かったそうです。ひとりの人間が、ひとつの役割で多くの負担を抱え込むスタイルって、日本社会の大きな問題なんですよ。職場では会社村のメンバーになるために、多くの仕事を抱え込む働き方が一般的ですし、家庭では母親が育児のすべての負担を担うべきとされてしまう。どちらも柔軟な編成と「ワークシェアリング」が進む必要があります。

もっと言えば、日本人の働き方は生産効率性が低いんです。一時間あたりの生産性をみると、世界一位のノルウェーが86.6ドルなのに対して、日本は40.1ドル程度(2012、OECD加盟国調査)。経済破綻に瀕しているギリシャと同じくらいです。実は少子化が克服されている国ほど、生産効率性が高く、女性が比較的昇進しやすくて、ジェンダーギャップがそれほど高くないんです。そういう国ほど母性信仰も家族規範もあまり強くはない。

かつては、カトリック国としての家族規範の強かったフランスは、今では少子化を克服し、女性の社会進出を進められました。子どもの間の絶対的平等を守るために社会保障制度を個人化する方向に改善していったためです。これによって、シングルマザーの子どもであっても十分な支援が受けられるようになった。離婚した母親を自己責任だと責めるばかりの日本とは違う。もちろん日本とフランスでは事情が違いますから単純に比べることはできません。でも家庭関係と言うのは、1000年も2000年も前から続いてきたものではない。ちょうど今の日本は、70年代のフランスのようだという指摘もあります。将来世代が苦しい生き方をしないように、家族間や働き方を柔軟に組み替えて、不条理不公正な目にあう人たちを減らしていくことが必要だと思います。
(インタビュアー・構成/カネコアキラ)

水無田気流(みなした・きりう)
1970年生まれ。詩人・社会学者。詩集に『音速平和』(中原中也賞)、『Z境』(晩翠賞)。評論に『黒山もこもこ、抜けたら荒野 デフレ世代の憂鬱と希望』(光文社新書)、『無頼化した女たち』(亜紀書房)、『シングルマザーの貧困』(光文社新書)。本名・田中理恵子名義で『平成幸福論ノート』(光文社新書)など。

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