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誰の時間も平等に刻まれ、愛の形は変わりゆく。『博士と彼女のセオリー』

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献身的な妻は普通の女性であり、難病の夫も普通の男性である

 全身は不自由で車椅子生活でも、性的な機能は健常者同様なホーキングは、順調に子宝に恵まれ、ジェーンは彼の介護と小さな子どもの育児に追われる日々。一方ホーキングは物理学者としての研究が評価され、仕事面でも成功し始める。

 そんな日々の中でジェーンはふと、自分も大学に通い、言語学で博士号を取るという目標があったことや、「家」以外の世界を思い出し、ホーキングに「介護の人を雇うのはどうだろうか」と提案するも、「現状で十分だ」と受け入れてもらうことはできない。

 夫が障害者である、という点は確かにちょっと特別かもしれない。しかし、現代の日本でも、専業主婦が、夫と子どもとしか接しない生活に息苦しさを感じ、外との繋がりを求める(仕事をするでも学校に通うでも)、という感覚は、特別でもなんでもなく、むしろ普通だろう。そして、そのことに夫があまりいい顔をしない、というのも、よく聞く話だ。

 ただ、ホーキングが要介護な障害者の夫である、ということをもちろん無視することは出来ない。

 障害者の夫の世話を他人に任せるなんて、という自責の念がジェーンを苦しめ、また、障害者だからと言って他人に同情されたくないというホーキングの意地が、ふたりをじわじわと苦しめる。

 そんなとき、ジェーンは妻を病気で亡くした男やもめのジョナサンと出会い、彼女の生活を知ったジョナサンは介護を手伝うと申し出る。

 ホーキング一家とジョナサンは親交を深め、その絆は強くなる一方、やはり、ホーキングは、妻と同年代の異性が仲良くすることを手放しでは喜べない。それは、彼が障害者で相手が健常者だから、という理由ももちろん大きいだろうが、そうでなかったとしても、つまり登場人物の全員が健常者であっても起こる感情だろう。そしてジェーンが徐々にジョナサンに惹かれていくのも、夫の介護の大変さとは関係ない。自分の苦しみを理解してくれる他人の存在に心が動くのは、彼女が障害者の夫を邪険にする酷い妻なわけでは決してなく、普通の女性だからだ。

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