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「いじめ」に改めて向き合う 『学校へ行けない僕と9人の先生』棚園正一×荻上チキ

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棚園 そもそもどうしていじめって発生するんですか?

荻上 ひとつは、各種ストレスが放置されると、いじめという「逸脱行為」が発生しやすくなります。教室という狭い空間に多くの児童がいて、そこでは固定的な人間関係である。日本では「休み時間」の「教室内」がいじめが起きやすいのですが、勝手に教室から出ていくと怒られますから、居続けなくてはならない。スポーツやゲームといった社会的に認められる行為でそうしたストレスを発散する児童もいれば、暴力やいじめなどで発散する児童もいる。「あいつをちょっと小突こう」とか、特別楽しいわけじゃない行為が意味もなく行われる。そんな中、誰にも注意されることがないと、いじめがエスカレーションしてしまう。いじめはランダムに生まれるのではなく、環境によって育てられていくんですね。ですからまずは環境改善が「いじめ予防」ということになります。

棚園 熊谷先生が「楽しく過ごそう」とされていたのはよかったことなんですね。

荻上 もうひとつは、とはいえ意味もない小突きというものは起きてしまうものではあるのだけど、それが「嫌がらせ行為」である段階から、「いじめ」の段階にエスカレーションする前に解消することですね。こちらは「早期発見・早期対応」ですね。

棚園 言われてみれば、着任したばかりだった大野先生は、ヤンチャな発言をする子に対してちょっと遠慮しているというか、腫れ物を触るみたいにしていました。怖かったんでしょうね、小学2年生の男の子が。先生が遠慮しているのって低学年でもわかるじゃないですか。具体的な言葉にできなくても「ああ、そういう感じなんだ」って。

荻上 よくわかります。先生から腫れ物扱いされているんだったら、いじめをして注意されても、今までと何も変わらないですからね

棚園 ヤンチャな発言が過ぎたら注意するけど、ビビッているのが気づかれているので、「だからなんだよ」って逆に調子に乗ってしまうんでしょうね。

荻上 普段から児童と仲良くしていて、「いじめをしなければ楽しい」「いじめをしたらつまらなくなる」という教室運営は重要ですね。そういう意味で、漫画の中に描かれていた中高学年の先生は巧みだな、と感じました。

いじめのモードを変えた救世主・石原君

荻上 それから、小学2年生のときに棚園さんがクラスメイトから無視され始めたときに、唐突に話しかけ、班の役を割り振ることで、その空気を換えた石原君。彼は大事な存在ですね。

棚園 石原君は救世主でしたね。あのときはピンチだったと思います。石原君のおかげでハードないじめではなく、軽度な嫌がらせですんだのかもしれない。

荻上 僕らのNPOでは彼のような役割をスイッチャーっと呼んでいます。

いじめは、「いじめる子」と「いじめられる子」だけではなく、周りで観衆や見ているだけの傍観者が存在していじめの構造が成り立つ。これは森田洋司さんの「いじめの四層構造論」という概念です。この四層構造論は分析としては秀逸な一方で、取り扱いには注意しなくてはなりません。これが結構な曲者なんですよ。分析としては正しいんですけど、処方箋としては正しくないものを誘うケースがある。

棚園 どういうことですか?

荻上 つまりこの構造論を聞いた人の多くが、「周りの人たちはちゃんと注意しましょうね」と提案しちゃうんです。

棚園 勇気が要りますね。

荻上 子どもが仲介者の役割を果たすのって難しいんですよね。例えば上司が同僚に「そろそろ彼氏でも作らないのか~?」とセクハラめいたことをしていても、横から部下として「それはセクハラだから止めた方がいいです」とは言えないという人は多いですよね。実際は、「まあまあまあ」とか話を変えていきながら、後で慰めたりするのが大半です。大人ですらそうです。しかし一方で、そういう風にコミュニケーションを別の方向に変えていく、スイッチャーと呼ぶべき存在が実は社会的には機能している。コミュニケーションのモードを別にモードに誘導する、スイッチさせる人ですね。大人の世界ではよく見る存在ですが、それを、小学2年生にもかかわらずやっている石原君はすごい(笑)。

棚園 改めて救世主だったことがわかりました(笑)。

荻上 石原君が雰囲気を変えようとしているときに、先生が後ろでただニコニコ笑っていて、「それは違うだろ!」って思いました(笑)。いじめ問題って、優秀な先生がいじめ対策を打って、改善したとか、改心させたとか、そういう描かれ方が多いんですよね。でも石原君だったり、先生が変わることで、雰囲気が変わっていじめが発生しにくくなると描かれている点で、この漫画は非常にリアルだと思います。【後編に続く
(企画・構成/カネコアキラ)

荻上チキ
1981年生まれ。シノドス編集長。評論家・編集者。NPO「ストップいじめ!ナビ」代表。著書に『ネットいじめ』(PHP新書)、『いじめの直し方』(共著、朝日新聞出版)、『検証 東日本大震災の流言・デマ』(光文社新書)、『彼女たちの売春』(扶桑社)、『夜の経済学』(扶桑社 飯田泰之との共著)、『未来をつくる権利』(NHK出版)など。

棚園正一
1982年生まれ。漫画家。第11回漫画アクション新人賞佳作受賞。代表作:『学校へ行けない僕と9人の先生』(双葉社)、『まんくう』(名古屋・大須商店街に実在する漫画が描ける漫画喫茶「漫画空間」をモチーフにした読み切り作品)等。

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