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「病児保育」は親のため? 子供のため?――『37.5℃の涙』作者・椎名チカ×駒崎弘樹

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『37.5℃の涙』は保育士も変えている

椎名 実は私もフローレンスさんを利用していて。まさに昨日、娘が熱を出してしまったのでフローレンスさんにお願いをしていました。

駒崎 もしかして2巻に載っている漫画家の黒野春子さんって椎名さんがモデルですか?

椎名 はい。ほぼ実話です(笑)。日中は保育園に預けているのですが、締切前など夕方以降も仕事がある時は、漫画でも描いたように私と背もたれの間が娘の定位置なんですよ。漫画を描いているのにゆさゆさ椅子を揺らすから「じっとしていて~!」って状態で(笑)。

アシスタントさんに見てもらえる時もあるんですけど、病気の時は難しいので訪問型は助かるんですよね。施設に送らずに済むから集中が切れないし、娘が喘息もちということもあって、何かあったらそばにいてあげられる。

駒崎 訪問型には「子供のため」と「親のため」の2つの利便性があると思います。「子供のため」は、熱を出して調子の悪いときに、全然見知らぬところに連れて行かれるのは子供にとっても負担が大きい。勝手知ったる自分の部屋でマンツーマンで見てもらえるのは子供にとって一番負担が少ない。「親のため」という意味では、椎名さんがおっしゃったように、まずはわざわざ施設に連れて行かなくていいという点がありますし、親が仕事から帰ってきたらすぐにバトンタッチできるという点もあります。

椎名 でも残念ながら訪問型ってあまり知られていないですよね。漫画を描いてから周りのお母さんたちに「こういうのがあったんだね」って話をされました。

駒崎 そうですね。実は「知られていない」ことって、働く側にも影響があるんです。

椎名 どういうことですか?

駒崎 保育士さんは、専門学校や大学で資格をとるわけですよね。その中で実習を行い、職業観を養ってから就職する。その実習先のほとんどが保育園と幼稚園なんですよ。すると学生生活の間に「自分は保育園か幼稚園に勤めるんだ」という考えに染まってしまう。その他にも存在する病児保育や障害児保育を知らないまま社会でキャリアを積んでしまうわけです。だから場合によってはあまり知られていない保育に対する偏見すら持ってしまうこともある。そういう意味で『37.5℃の涙』って本当に素晴らしい影響を与えているんです。今年の4月から入る新卒に、熊本で『37.5℃の涙』を読んでフローレンスに入社した子がいるくらいですからね。

椎名 うわー、すごい! うれしいです。

駒崎 「人生を変えた一冊」が『37.5℃の涙』なわけですよね(笑)。そういう力が漫画にはあるんだと思います。

椎名さんがモデルの漫画家・黒野春子。椎名さんのお子さんも定位置は一緒。 ©椎名チカ/小学館

椎名さんがモデルの漫画家・黒野春子。椎名さんのお子さんも定位置は一緒。 ©椎名チカ/小学館

多様な文脈の中にある子育て

椎名 フローレンスさんの主な利用者層を教えてください。

駒崎 シングルマザー、シングルファザーを含む共働きの方が99%ですね。やはりシングルマザーの方が深刻に病児保育を必要としています。子供が病気になった時、ふたりいればどちらかが休むことも可能な場合がありますが、シングルマザーは非正規雇用が半分以上で、休んだら休んだだけお給料が下がったり、雇い止めされてしまったりするんですよ。

作品の中でもシングルマザー、シングルファザーなどいろいろな家庭を描かれていますよね。なにを参考にされたんですか?

椎名 基本的には周りの方のお話とニュースですね。「もし私がシングルマザーだったらこうするだろうな」「こんな感情の波があるんだろうな」というのを、その人の立場になって考えます。注意深く描かないといけないものですから、怖いなと思うこともたまにあります。あとは、自分の娘をよく観察して「子供ってこんな感じだな」と想像を膨らませています。

駒崎 特に気をつけていることはありますか?

椎名 一話で描いたシングルマザーの森さんは、周りから見ると、子供の海翔君よりも仕事を取っているように見えるだろうな、と思いました。でもそんなお母さんを「悪者」にはしたくなくて。森さんの中には病気の子供を預けて仕事へ行くことへの葛藤が確かにあると思うんです。その微妙なバランスを上手く描けたら、と思っています。

駒崎 僕もこの仕事をしていてジレンマを感じるんですよね。保育業界には「子供のためか親のためか論争」があるんですよ。保育士さんは子供を大切にする仕事なので、子供に偏って考える方が多い。ネットでも、「土曜日に子供を預ける親ってどうなの」って保育士さんが発言しているのをたまに見かけます。「仕事ならさておき、子供を預けてヨガをするなんて……」とか。僕からしたら「ヨガの何がいけないんだ?」って話なんですけどね。

つまりこの保育士さんは、子供のことを第一に考えてもらいたいから、土曜日くらいは一緒にいてほしいと考えているんだと思います。でも、もしかしたらその親にとって土曜日のヨガが一週間のうち唯一の息抜きかもしれない。それを否定し得るのか。

椎名 うーん……。

駒崎 子育てというのは多様な文脈の中で判断されるべきもので、保育士や保育園から見える様相と、お母さんお父さんから見える様相は全然違うかもしれない。容易に判断できるものじゃないんですね。その危険性を常に意識しておかないといけないと思うんです。

……って偉そうなことを言っていますが、僕もこのことは親になってから気づきました。保育士サイドからみて「ここはもうちょっとこうしたほうが、発達心理学的にいいんじゃないかな……」って思っていたことが、親になってみたら「あ、忙しすぎてそこまではできない」みたいな(笑)。

椎名 わかります(笑)。

駒崎 抱っこしながら、スマホで仕事して……。そういう「仕方ないよね」って幅が子育てにはある。これって体験しないとわからない部分も多々あるので、社会的な同意を得るのが難しいんですよね。

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