母性神話を崩壊させよ! 『子宮に沈める』監督・緒方貴臣×武田砂鉄/対談レポート

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今はもう「おしん」の時代じゃない

―― 報じられ方はもちろん、視聴者がどう受け止めるかも大事だと思います。緒方さん、いかがでしょう?

緒方 想像力の欠如が問題だと思います。メディアを鵜呑みにしてはいけない。例えば映画やドラマで母親が子供に虐待するシーンがあったとしても、「こういう母親が虐待に走る」等とは思ってはいけない。しかしメディアで児童虐待事件が報じられたり、ドラマや映画で取り上げられたりすると、「虐待する母親像」が作られてしまう。

映画を作る側としては、僕は何かを描けば必ず誰かを傷つけてしまうものだと思っています。でもそれに萎縮して、誰も傷つかないように配慮したら、中途半端なものになってしまう。また、そういう作品は善悪が分かりやすく、単純な構造になりやすいため受け入れられやすい。その結果、偏見をさらに拡散してしまうかもしれない。

誰もが喜ぶ分かりやすい映画を作ってはいけないと僕は思っています。現実ってひとつに繋がった物語じゃなくて、断片化した事実の積み重ねだと思うんですよ。それらは綺麗に繋がっているわけじゃない。だから、分かりやすい物語として描くと、その物語のように現実を見てしまう。僕は、物語を失くして、事実と事実の間に何があるのか、それを観客が想像するような映画を撮るようにしています。きっとニュースやドラマを見るときも、そういう想像力を使っていくことが、身近な人と接する際にも意味のあることになると思うんですよね。

武田 日本社会は男女の格差が改善せず、例えば「世界男女格差報告」では毎年、相当な下位にあります。同報告で、北欧は男女平等が進んでいる上位にありますが、たとえばスウェーデンだと、映画に「A指定」という男女平等規定があるという。映画の中に「役名のある女性が2名以上登場する」こと、そしてその2人の会話の内容が「オトコ以外の話題」に及ぶこと、という基準があるそう。『ハリー・ポッター』のほとんどがその基準をクリアできていない、と聞けばやりすぎじゃないかという気もする(笑)。

その規定の是非は別としても、それくらいの意識が必要だということです。日本の映画界では、極端な例ですが、特攻隊としてお国のために散ってしまった男の帰りを信じて待つ女、というような映画が定期的に生産されている。なんだかんだで、カルチャーも含めて日本社会が、そういったクラシックな家族感や男女観を待望しているのではないか。

緒方 戦後は、「一杯のかけそば」や「おしん」のように、子供に自分のご飯をあげる母親の話が美談として描かれ、それが誰かの救いになっていたのかもしれませんが、今はもうそういう時代じゃないですよね。

武田 未だに再生産されていますよね。名古屋大学・准教授の内田良さんが問題視し議論が活発になりましたが、今、「2分の1成人式」という取り組みが広まっています。これは、子供が10歳になった記念に親子が体育館に集まり、名前の由来を聞いたり、親子で感謝の手紙を読み合ったりするものです。「生まれてきてくれてありがとう」「あなたは私を選んで産まれてきた」とか、古くさいフレーズが飛び交っている。

これだけ家族の形態が多様化した社会なのに、求められる家族像は変わっていない。メディアもそれに同調している。渋谷区の同性パートナーシップ条例や婚外子の相続格差が議論されると、政治の中枢から「伝統的な家族が壊れる」という言葉が平気で出てくるのが象徴的です。

「伝統的な家族観」をぶっ壊せ

武田 2012年に、自民党は憲法改正草案を作りました。そこには「家族は、互いに助け合わなければならない」という一文が加わっている。よくわかりません。「助け合わなければならない」ということは、助け合わないと罰せられるんでしょうか(笑)。この『子宮に沈める』を観ると、「助け合う」ってそんなに単一で、単純なものなのか、疑わしくなります。助けるにしても見捨てるにしても、とにかく単純なものではない、と気付くことができる。監督も先ほどおっしゃっていましたが、想像力の欠如が、メディアだけでなく、個人レベルでも点在している現状にあります。

―― 「女が輝く社会」とか言い出しますからね。意味が分からないですよね。

武田 なんで輝かなくちゃいけないのでしょうかね。「女性が輝く社会」、その方針を促すために政府が開いた会合名は、「輝く女性の活躍を加速する男性リーダーの会」です。もう一度言いましょうか(笑)、「輝く女性の活躍を加速する男性リーダーの会」。

この会合名から分かるのは、あくまでも男が主導であるということ。「女性が輝く社会」とは「輝く女性がいたら使ってやってもいいよと男が言っている社会」ということです。今の自民党の女性閣僚って、メンタリティがほとんど男ですよね。男以上に男性化することで、ようやくポストが用意される。「男を理解した上でならポストを用意します」という取り組みの中で輝いてしまっていいのか。

今日の映画にもリンクしてくるかなと思って、安倍首相の成長戦略スピーチ(2013年4月)をプリントアウトしてきました。ここに「3年抱っこし放題」というフレーズが出てきます。これは、文字通り3年間育児をして、つまり、子供を抱っこしまくっても、会社に戻れるようにしますよ、という施策でした。性別関係なく、とは言うものの、そんなの女がやることになるに決まっているでしょう。「やっぱり子供は女が面倒みてやってくれ」と再提示しているに過ぎない。安倍首相はこのスピーチで「妊娠・出産を機に退職した方に、その理由を調査すると、『仕事との両立がむずかしい』ことよりも、『家事や育児を専念するために自発的にやめた』という人が、実は一番多いのです」と言っている。いったいどこのデータなのか。

緒方 今の政治家は、伝統的な家族観の強い年齢の方が多いと思うんですよね。とはいえ、労働力が減ったり、海外から男女の格差に対する批判が出ているため、女性が輝く社会を推進しようとする。企業のトップで経営を行っている人たちも意識は変わりつつあると思います。ただ、そこから下に浸透していくのが難しい。というのも今の中間管理職に居る人たちは団塊の世代で、昔ながらの家族観を持っている人たちが多い。そこが壁になって、浸透していかないんですよ。

これはテレビで知った話なのですが、男女のあり方についての意識調査をすると34歳が境目になるそうです。34歳より下になると、古くからの「男らしさ」「女らしさ」についての考え方が薄らいでいく。理由はいろいろとあるのでしょうが、男子の家庭科の授業が1993年に中学で、1994年に高校で必修になったことが大きいと思っています。料理やエプロン作りをして、だんだん「男でも料理をしていい」と思うようになったのではないかな、と。僕がいま33歳で、武田さんが32歳。壁となっている上の世代が……えっと、居なくなってくれれば、というのもあれですけど(笑)、ちょっとずつ変わっていくんじゃないかなと思います。

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