母性神話を崩壊させよ! 『子宮に沈める』監督・緒方貴臣×武田砂鉄/対談レポート

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誰もが簡単に「お母さん」を叩く

―― 「母性神話」が母親に押し付けられている一方で、「お母さんになっても女でいないと夫から見捨てられるよ」と、「女」を押し付けられているというダブルバインドがありますよね。男性に比べて女性に向けられた視線は非常に厳しいものがあるように思います。

武田 結婚しているにもかかわらず他の男を自宅に連れ込んだ矢口真里は、まるで人を何人か殺したんじゃないかというくらいのバッシングを一斉に浴びましたよね。僕にはよくわからない。男を連れ込んだこと自体をいいことだとは思いませんが、同じことを歌舞伎役者がやると「芸の肥やし」で済まされる。野球選手は「夜の三冠王」とジョークにされて終わりです。ものすごくブレている。

―― 川崎リンチ事件でも、上村君のお母さんに彼氏がいたこと叩くような言説がありましたけど、シングルマザーは恋をしちゃいけないんですかね?

緒方 いや、もちろんいいと思いますよ。

僕は九州の男尊女卑の激しい地域で育ちました。僕の妹は16歳で結婚・妊娠し、17歳で出産し、19歳で離婚したのですが、当時の僕は妹に非常に厳しかったと思います。若くして結婚したのも理由としてあったのかもしれませんが、「自分で選択して結婚したのだから、それで苦しんでいるのは甘えだ」と思っていた。僕自身が過去に「お母さんは苦しんで子供を育てなさい」と考えていたんですね。

だから妹が「お金がない」と言いながら新しい彼氏と遊びに行っているのをみたときは「そんな暇なら働きなさい。子供と一緒に居なさいよ」って思っていたんです。当時はそれが当たり前のことだと思っていました。それが、大阪二児放置死事件の報道で、反省するようになった。

武田 林真理子さんのコラムは、被害者の母親を軸にして、「今のお母さんってこうよね」と、世の空気をテクニカルに代弁する文章でした。このコラムでは、母でいることよりも女を優先させるシングルマザーに対して言及を重ねた上で、「そういうことをするお母さんが、この『週刊文春』を読んでいるとは到底思えない」と書いていた。

そうしたら、雑誌の記事を読んだシングルマザーの方から僕のところに怒りのメールが届きました。「雑誌くらい読みますよ」と。シングルマザーは育児も仕事も大変、30分も1時間も余裕がない、あってはならない、と思われているということなのか。もちろんシングルマザーの多くは、日々、忙しくされているでしょう。でも、雑誌くらい読むわけです。

苦境を訴える人、窮地にいる人は、すさまじく窮地じゃないと社会が許さない。生活保護バッシングなどにも通じます。一方で、シングルマザーでも難なく生活できている人もいる。そうすると、困っているシングルマザーに対して「あなたたちの努力が足りないのよ」と外野から雑な声がかかり、ただでさえ社会から分断されているシングルマザーが、更に分断されてしまうことになる。林さんのコラムはこういう空気を味方に吸い寄せて、特定の人を踏んづけるものでした。

―― 「女の敵は女」と思わせたいんじゃないかと私は感じてしまうんですよね。そもそも「母親はこうあるべきだ」と自分の子供に言われるならまだしも、他人に言われても「なんでお前のためにそうならなきゃいけないんだよ!」って思うんですよ。そしてみんな同じように疑問を抱いていいと思う。最近だと、小藪千豊さんが美魔女とおかんを対比して美魔女批判を行いましたが、「女らしさ」と「母親らしさ」は両立できないものなんでしょうか? そしてそうすべきなんでしょうか?

武田 美魔女への賛否がある一方で、チョイ悪オヤジってのはノータッチです。妻も子供もいるオヤジが、洒落たワイシャツをはだけさせて、シティーホテルのワインバーで若い女性と飲んでいること、及び働きかけについては何も言わない(笑)。

そもそも、美魔女を認めるか認めないかという議論自体がフェアじゃない。またも分断を生もうとしている。そりゃあ美魔女と呼ばれる女性の多くは、旦那さんが稼いでいる方が多いのでしょう。だから、妬みやすいし、批判しやすい。同性からも「こっちは一生懸命働いているのに、ブランドで着飾っちゃって」みたいなことを言える。どう転がっても安っぽい議論に帰結していく。

緒方 話は変わるんですけど、子供をホストっぽくしてる「ちいめろ」ってお母さんがいるじゃないですか。

―― ネットでたびたび話題になる、ホスト小学生「琉ちゃろ」のお母さんですね。妹もいるのに、琉ちゃろばかり可愛がっているとか、いろいろ批判のある方です。

緒方 すごい叩かれていますよね。「ちいめろ」とグーグルでいれたら、「虐待」って検索ワードがでてきた。みんな興味を持っているんですね。

でもわからないじゃないですか。僕はあの家族について何も知らないので単純に批判できないんです。子供が泣いているのに無理やり髪の毛をセットしているなら、どうなんだろうと思いますよ。批判している人はどこまで想像できているのかな? と。自分の中で理想的な親子像があって、そこに当てはまらないと「駄目な母親だ!」という。矢口真里さんだって、道端アンジェリカさんだって、そうですよね。最近、お母さんばかりバッシングされていて、一体なにが「輝く」なんだろうと思うんです。

子宮持ちも、非子宮持ちも、声を出そう

―― 母親に限らず、理想とされている「あるべき姿」に押し込められている人はたくさんいますよね。messyはそういうものに、「それってどうなの?」と言い続けていきたいと思います。さて、そろそろお時間なのですが、今回のトークイベントは「母性神話を解体せよ」というとタイトルでした。ぜひおふたりに、母性神話をどうやって解体するべきか、助言をいただきたいと思います。

緒方 僕は教育が重要だと思っています。全国で上映会をして、地方に行けば行くほど、「お母さんはこうあるべき」という考えが強く残っていると感じました。そもそも母性神話に興味がないんですよね。当たり前のもの過ぎて、どうでもいいんだと思うんです。だからこそ、若いうちから教育していかなくちゃいけない。僕はこの映画で解決策を提示しませんでした。そして僕にも解決策は分かりません。だからこそ教育現場で教えて、みんなで考えていって欲しいです。

武田 今日のイベント告知記事のタイトルは「子宮持ちよ集え」でしたよね。でも僕も監督も、どうやら子宮を持ってはいない(笑)。それって重要なことなんだと思います。今、あちこちで「子供を育てる母親として……」「育休をとった男性として……」という当事者の声が上がります。その生の声を伝えるのは大事なことだと思います。その一方で、僕は結婚しているが子供はいない、という状態なんですが、そういう立場で「育児とは……」「子供とは……」と言うと、「えっ、おまえ、当事者じゃないじゃん」で済まされそうになる。でも、非当事者が考えないから問題がいつまでも一般化していかないのではないかと思っています。

待機児童や女性の働き方など、解決していない問題がたくさんあります。そんな時、特効薬となる代替案を出させようとする働きかけが目立ちます。社会の問題、全般がそうなっていますよね。橋下徹氏の記者会見など象徴的ですが、質問する記者に対して「じゃあどうするんだ、代替案あるのかよ」と問い詰める。でも、クエスチョンにたいして簡単にアンサーが出るなら、社会問題なんてすぐなくなります。常にスムーズな話ではない。特効薬ではない答えを探し出すためにも、非当事者がぐずぐずと、じわじわと言い続けることが大事なのではないか、今回の映画を通して、そのことを強く思いました。
(司会/messy編集部、構成/カネコアキラ)

緒方貴臣(おがた・たかおみ)
映画監督。福岡県出身。高校中退後、共同経営者として会社を設立。25歳の時、退社。海外を放浪の後、幼い頃から興味があった映画の道に進むために上京。映画の専門学校へ行くが、3ヶ月で辞め、2009年より独学で映画監督として映像制作を始める。作品テーマとして、『終わらない青』では、実父からの性的虐待を受け、自傷行為を行う女子高校生を描き、続く『体温』では、セックスと人の関係性を描き、人が嫌悪するようなテーマに体当たりするフィルムメーカーの為、日本の映画製作環境下では、出資者を募るのが極めて困難な為、全作品を自己資本で製作している。

武田砂鉄(たけだ・さてつ)
1982年生まれ。ライター/編集。2014年秋、出版社勤務を経てフリーへ。「CINRA.NET」「cakes」「マイナビ」「Yahoo!ニュース個人」「LITERA」「beatleg」「TRASH-UP!!」で連載を持ち、「週刊金曜日」「AERA」「SPA!」「beatleg」「STRANGE DAYS」などの雑誌でも執筆中。近著に『紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす』(朝日出版社)がある。

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