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『東京タラレバ娘』と『地獄のガールフレンド』まるで異なるアラサー独身女性の描き方

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 自由きままに生きる奈央。ルームメイトを得たことで家の中が清潔に保たれ、美味しいごはんや他愛ない雑談、可愛い4歳男子にも懐かれて良いことずくめ。ただ、それまでずっと彼氏がいた(別れる時は次の彼氏が出来たとき)のに、加南・悠里と暮らしはじめてから多少、“身勝手な男”の存在に気づいて「焦ってキモい彼氏をつくる必要もないなー」と思い始めている様子だ。世間の“良い女規範”にまったくとらわれておらず、結婚願望も出産願望もなさそうである(一巻の時点では少なくともそう読める)。非常に強い自己肯定感があるからかもしれない。悠里も独身だが、「なんとしても結婚したい!」なんてサラサラ気張っていない。この、地獄娘たちのタラレバ娘たちとの違いは興味深い。

 倫子・香・小雪は、自分たちを“イケてる”と思っている。それなりの恋愛経験がある。それなりに美人でスタイルもいいしオシャレも好き。美味しいお酒とゴハンのある店を知っているし、楽しい遊びをいくらでも経験してきた。“イケてる要素”として欠けているものは、結婚だけだ――。確かに彼女たちは容姿は良さそうなのだが、33歳なのに価値観がバブルっぽいというか古臭い。男を品定めする目線は厳しいのに自分たちには滅法甘いし、男から品定めされるとひどく傷つく。他方、悠里は自分を最初から“イケてない”と思っていて、“イケてる女になりたい”と望んでもいない。そういう世界観から距離を置いている。そして間違いなくイケてる人生を歩んできただろう奈央は、「そんなのどうでもい~☆」と言いそうだ。加南はバツイチ子持ちの立場ゆえ、「恋愛とかして、色に溺れたダメ母って白い目で見られたらヤだな~」とぼんやり思っている。

 彼女たちは全員アラサー独身女性(奈央は36歳なのでアラフォー)だが、こうして照らし合わせて見ると、“アラサー独身女性”という記号が何の意味も持たないことに気づかされる。結婚がゴールではないことを加南の存在が示し、独身でも負け犬自意識を持たなくていいことを奈央が示し、夢や希望がなくても生活できることを悠里が示し、女子同士の慰めあいが時にみっともないことを倫子や香が示し、結婚したいのに不倫の恋にハマッてしまう矛盾を小雪が示し……6人いれば、全員全然違う。同世代の女で、属性がさほど変わらない(未婚彼氏ナシ仕事アリ)ように括られたとしても、全員べつべつの生き物だという自明のことが、あらためてわかる。

 地獄娘たちは、一巻の時点では3人ともそこそこ幸福そうに描かれているのだが、対するタラレバ娘たちはまさに今地獄にいる。そのうえそこが地獄であることに無自覚で、だから全身全霊でまだまだ傷つこうとしている感じがある。東村アキコは、「結婚したほうが絶対絶対幸せだよ☆ なんてみじんも思っとらん」とあとがきで補足する。では、彼女はこの3人娘たちをこれからどう動かすだろうか? 倫子や香が「なんで結婚しないとダメって思い込んでるんだろう」と立ち止まって考え込む日は来るのか。「私たちみっともないんじゃないか?」と気付く場面はあるのか。それとも実はもう彼女たちは「みっともない自分」に気付いていて、自暴自棄になっているだけなのだろうか。とりあえずどう転んでも、このマンガで都合の良い王子様に引き上げてもらうストーリー展開だけは絶対にありえないだろう。
(下戸山うさこ)

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