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「家族」が誕生した近代まで、子供は愛すべき対象ではなかった?「日本の伝統」「人間の本能」とは

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小さな大人だった子供たち

 同書でもっとも驚いたのは、様々な書物を引用しながら繰り返し語られる「かつて、子供は愛すべき存在などではなかった」という歴史だ。今、芸能人が子供を出産した後に仕事を継続すると、「育児に専念したら」「子供第一でお願いします」と匿名の意見がネット上に溢れる。子供は家庭で大切に育てられるべき存在だ、という教えが染み付いている。

 だがエリザベート・バダンテール『母性という神話』によれば、1780年のパリで生まれる2万1000人の子供のうち、母親に育てられるものは1000人、住み込みの乳母が育てるのは1000人、残りの1万9000人は里子に出されていた。

 里子に出すことは金持ちに限られた習慣ではなく一般的なもので、汗水たらして働かなければならない人々がいちばん多く子供を里子に出していたという。その時代のヨーロッパで、子供は「愛らしい存在、可愛がりの対象」であるとは考えられていなかった。生まれたばかりの子供に母親が愛情を注ぐことが“自然”だと考えられてはいなかったという。子供が小さな大人でしかなく未熟な労働者だった時代、女も男と同じように労働者であった。父親、母親という名称を持ったとしても、家庭内の教育者としての役割は担っていなかった。それはヨーロッパだけでなく日本も同様だった。

前近代社会では、「子ども」は、とるに足らない存在だと思われていた。労働力として役に立たない子どもは、何の価値もなかったのである。彼らは役にたたない「小さな大人」にすぎず、5~6歳のうちから働かされていた。(p40/『<子供>の誕生』フィリップ・アリエス)

江戸時代に女性に期待されていたのは、よい子どもを産むことだけであり、育てることは期待されていなかったという。(p28/『良妻賢母という規範』小山静子)

 さらにバダンテール『母性という神話』を読み込むと、第二章「1760年以前の子どもの地位」は、現在の規範に慣れたひとりの母親である私には衝撃的な内容であった。子供は厄介者で、「苦しみとして、すなわち災難として感じられていた」「とくに乳児は、子どもによって妻を取り上げられる父親にとって、さらに間接的に母親にとって、たえがたい重荷だったようである」。貧しい家庭にとっては、「子どもは、親たち自身の生存にとって、まさしく一つの脅威である。だから、厄介払いする以外に方法がない」のだが、これは現代でも同じことではないだろうか。貧しくとも節制してつましい暮らしを送り、貧しくとも豊かな心を育む温かい家庭を築けるはずだ――などというのは幻想でしかない。

 しかし乳幼児は将来の「大人」であり、やがて国家に富をもたらし軍事力を保証する存在である。乳母による育児が廃止され、母親が育児をすることが規範化する。やがて、子供は将来の労働力や跡取りとして大切にされるだけでなく、慈しみの対象に変化していった。

以前には子どもが亡くなっても、涙をこぼすことすら異常だと考えられていたのに対し、子どもが子どもであるだけで価値ある存在、かけがえのない天使であると考えられるようになる。(p29)

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