ネット販売で母乳入手の危険。母乳信仰には見過ごせない弊害もある

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Photo by dharmacat  from Flickr

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 毎日新聞が、インターネット販売されている「新鮮な母乳」を謳った商品について警鐘を鳴らしている。母乳を販売するサイトなんて存在するのか? と耳を疑うヒトもいるかもしれないが、本当にあるから問題視されているのだ。

 母乳のインターネット販売は、世界的に広がりを見せていた。今年3月に米紙「ニューヨーク・タイムズ」では、生活費を稼ぐための副業として、母乳の残りを販売する産婦を紹介。ただし彼女の場合は、冷凍した母乳を医薬品工場へ空輸(彼女のみならず数百人の女性の母乳がその工場に集まるという)し、工場で母乳は濃縮されて高タンパク製品になり、各病院の新生児集中治療室で治療を受ける早産児に提供されているという。これはいわゆる「母乳バンク」だ。日本でも2013年、昭和大学江東豊洲病院に国内初の母乳バンクが設立された。低出生体重児や病気の赤ちゃんなどで、粉ミルクを与えられても消化できない子らのために、同病院で出産しNICUに赤ちゃんが入院している母親から提供された母乳を、低温殺菌など品質管理したうえで飲ませているという。

 他方、インターネットを通じて個人的に売買された母乳には、品質管理や衛生面で当然ながら不安が残る。日本にも50mlあたり800~1200円の安値で販売しているサイトもある。毎日新聞で、今年2月に東京都在住の30代女性が母乳販売業者のサイトで購入した、搾乳から4カ月間冷凍した母乳4パックのうち2パック(1パック50ml、5000円)を、前述の昭和大病院と、一般財団法人・日本食品分析センターにて検査、分析したという。その結果、「少量の母乳に粉ミルクと水を加えた可能性が高い偽物と判明」「栄養分は通常の母乳の半分程度で、細菌量は最大1000倍」。食品販売を禁止する食品衛生法に抵触する懸念があるという。食品衛生法では、『病原微生物により汚染され、またはその疑いがあり、人の健康を損なうおそれがあるもの』を販売用に製造することが禁止されており、これに違反した場合は罰則の対象となる。さらに、レンサ球菌など3種類の細菌も検出され、「免疫力の低い小児らが摂取すれば、敗血症などを引き起こす恐れがある」とまで。

 ただ、一般的に考えてみて、普通の精神状態だったら、どこの誰の乳首から出たかわからない母乳は「気持ち悪い」と思うだろう。まして、生後数カ月の我が子に飲ませたいとは思わないのではないか。どこの誰が、何を飲み食いして出た母乳か、どんな衛生環境で搾乳され、冷凍管理されていたか、そもそも本当に人間の母乳か……不信な要素が満載だ。値段だって、粉ミルクの方が圧倒的に安い。

 それなのに、わざわざ他人の母乳を購入する母親の心理があり、売買取引が成立する。この背景に、母乳への執念が見える。なぜ母乳に執着するのか。産院(産婦人科、助産院)および自治体での産婦に対する「母乳で育てるのが一番」という指導、さらにごく一部の助産師や医療従事者を名乗るセラピストらの母乳育児推進事業との関わりを、感じざるを得ない。

母乳じゃなくてもいい

 毎日新聞の調査に協力した前出の30代女性は、「わらをもつかむ思いで」母乳を購入したとある。第一子を産み、「一歳まで母乳以外を与えてはいけない」「母親なんだから我が子を母乳で育てるのは当然」と思い込んでいたが、母乳がほとんど出ず、徐々に追い詰められていったという。母乳が出やすくなるというハーブティーを飲み、助産師におっぱいマッサージをしてもらっても十分な量が出ず、夫に対して「私は母親失格。養子に出したい」と泣いて訴えるほどだったそうである。明らかに産後のノイローゼ状態に陥っている。周囲から「粉ミルクでも立派に育つ」と諭されても納得できなかったそうで、自身を「出来損ないの母親」だと感じ、極端に自尊心を削られていた様子だ。

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