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ネット販売で母乳入手の危険。母乳信仰には見過ごせない弊害もある

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 筆者も産後、母乳がほとんど出なかったが、早々にあきらめてミルク育児に移行したクチだ。子供は母の乳首でも、哺乳瓶の乳首でも、口にくわえた瞬間に寝落ちするタイプの子で、とにかく食欲がなくて焦った。吸われないのでやっぱり母乳は出ず、しかし助産師がやってくれるおっぱいマッサージは死ぬほど痛くて自分で同じようにやろうとしても出来ない。母乳育児のコツについて書かれたサイトを読んでみると、

■オッパイは吸わせれば吸わせるほど出る。1日30~40回、寝る間も惜しんで吸わせる努力をせよ
■ストレスをためず、睡眠をできるだけとるように。オッパイはよく寝たほうが出る
■粉ミルクが容易に手に入るのに、「母乳で育てたい」 というアナタは素敵。きっとお母さんの本能ね

 ……寝る間も惜しんで吸わせる努力をしつつ、睡眠をできるだけとってストレスをためるなって無理ゲーじゃないか。そして本能なんかどうでもいい。さらに、かなり細かく「母乳出すならあれ食えこれ食うな」の指示もあり、心底憂鬱な気持ちに。母乳育児体験者が書くブログなども「私が乳製品をとりすぎたら、乳児湿疹が悪化」「焼肉を食べ過ぎたら夜泣きがひどかった」など因果関係が不明なものばかりで信用ができない。そして面倒くさい。

 結果、あっさり母乳を出すことを断念し、ミルクのみで育てると決めた。どうせ生後半年もすれば離乳食も与え始めるのだし、幸いなことにミルク代は我が家の家計をさほど圧迫しなかった。もし自分の乳がたくさん分泌されて、子供も乳をたくさん飲むのなら、それでいい。しかし、「そうでなければならない」わけではない。

 それでも、母乳が出ないことへの罪悪感に襲われることは少なからずあった。「いかに母乳が粉ミルクより優れているか」が育児情報サイトに載っていると自分を責めがちであった。母乳だけで育つ赤ちゃんは、アレルギーになりにくい、情緒が安定しやすい、IQが高くなる、などなど。

 さらに悪いことに、世の中には以下のような持論をぶる人々も少なからずいる。

■粉ミルクで育つとキレやすくなる
■粉ミルクで育つと将来肥満になりやすい
■美味しい母乳とまずい母乳がある(=お母さんの食生活が重要)
■野菜中心の和食生活にすると母乳は甘く美味しくなる
■乳製品や揚げ物、お菓子を食べると母乳はまずくなる
■赤ちゃんがオッパイに吸い付かないのはお母さんの母乳がまずいからだ
■まずい母乳を飲むと赤ちゃんの頭の形がおかしくなる
■まずい母乳を飲むと赤ちゃんの髪の毛が逆立つ
■母乳で育てられた子は目が澄んで綺麗

 まさにオッパイの神秘。それにしても、生命を誕生させる大仕事を終えた直後から、なぜこんなふうに母親が責め立てられるのか……。

 毎日新聞記事によれば厚生労働省が05年におこなった乳幼児栄養調査で、妊娠中の女性96%が「母乳で育てたい」と回答しているが、実際に産後、母乳が不足したり炎症を起こしたりすることなく完全母乳育児できている割合は3~4割だという。ということは、ほっとけば大抵のお母さんは、母乳がいかにいいものかなど切々と説かなくとも、母乳で育てようとするのだろう。だからこそ、わざわざ「母乳で育てましょう!」などと声高らかにわめくのは、妊産婦への脅しであり呪いで、無意味どころか有害ではないだろうか。少なくとも現状では、「本音ではそうしたいのに、できないんです……」という母親が自分を責めてしまう構造を作ってしまっている。挙句、「母乳でなければならない」と追い詰められた母乳の出ない母親が、悪質な業者から質の悪い液体を購入、それを与えられた乳児の身体に悪影響が出るとなったら、本末転倒だ。

 また、平常時ならば、真偽不明なウワサやデマを笑って受け流せるかもしれないが、妊娠中~産後の精神状態は侮れない。ただでさえホルモンバランスが崩れ、メンタルヘルスが乱れる。人間関係が変化するし、子供は健康に成長していけるだろうか(赤ちゃんはいつ急変して死ぬかわからない脆弱な存在だ)、自分は良い親になれるかなどの不安も頭の片隅に置きっぱなしになる。産後一年間は特に、寝付いても何度も泣き声に起こされて睡眠時間が思うようにとれず(赤ちゃんは大人のように毎晩まとめて8時間寝たりできないため、世話をする側も1〜2時間のこまぎれ睡眠を余儀なくされる)、家事をしていてもこれまた泣き声に遮られてばかりで、ストレスと無縁の生活などできない。そんな状況にいる母親たちに、心配事を増やさないであげてほしい。子供を育てる保護者の心身が疲弊することは、子供の健康にダイレクトにつながる。

 最後に、書籍、インターネット、直接指導を受ける医師や助産師、保健師からの助言、そのすべてを、親という万能でない一人の人間が「情報整理」することは困難だ。「こうでなければならない」と脅す声には、耳を塞いででも自分の心をまず守ってほしいと思う。
(下戸山うさこ)

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