連載

「女性ならでは」の目線を乱発し、「女性なのに」と貶める政界とメディアの体たらく

【この記事のキーワード】

「私が女だから、スキャンダルとして繰り返し拡散し、女性活用を掲げている安倍政権に水を差したいということもあるのかもしれません」

中川郁子・農水大臣政務官/『婦人公論』(2015年8月11日号)中央公論新社

 故・中川昭一元財務大臣の妻で、現在、農水大臣政務官を務める中川郁子議員が、同じく衆議院議員である門博文議員と不倫、路上キスの瞬間を週刊誌にスクープされたのは今年3月のこと。亡き夫の名前を連呼した弔い選挙で手にした議員の職。自分の上司であり、派閥の先輩でもある西川農水相が辞任した日に撮られた写真だったことも重なって、彼女に対する批難が殺到した。

 夫を失い独身である彼女がその男女関係を「不倫」と書かれるのは、もちろん相手の門議員が妻子持ちだから。中川議員の肩を持つつもりもないが、週刊誌が「なんて女だ!」という方向で記事を連ねていたことには毎度ながら違和感がある。真っ先に問いただすべきは、妻子ある門議員ではなかったか。

 女性タレントが家に夫以外の男を連れ込めば芸能界から一定期間干されるのに、男性タレントの場合は武勇伝の一つとして「ガハハ」と笑い飛ばすだけで済まされる風潮は、政界にも流れている。

 しかし中川議員が意を決してインタビューに答えたのはいいが、上記の引用部分のような理解に至るのは解せない。手垢まみれの「悲劇のヒロイン」なんてフレーズを投げたくもなる。「不倫路上チュー」報道の後にも再デート報道が続いたことを指して、「繰り返し拡散し」としているのだろうが、これらを報じたのは「週刊新潮」(新潮社)である。最近では「なぜか疎外されている『集団的自衛権は合憲』の憲法学者座談会」といった記事を作るなど、政権擁護方面の記事も少なくない。血気盛んに「安倍政権に水を差したい」という記事作りをしているわけではない。既婚の門議員と路上でキスをしたから撮った。それだけである。

 興味深いのは「再デート」報道について潔白だと言い張るための言い訳である。「仕事着であるスーツから、やけに短いスカートにわざわざ着替えて」(週刊新潮)と書かれたことについて、この日は派閥の大先輩である江崎鐵磨議員から食事に誘われたから、自宅に戻り一旦ジーンズを履いていたものの「派閥の大先輩と打ち合わせするのにジーンズはいかがなものか、と思って」、スカートで出かけていったという。男性の先輩から、急に誘われた食事の機会に、パンツスーツでもなくジーンズでもなくスカートで行くべきという慣習を吐露してしまうあたりに、女性活用を掲げている安倍政権の中にいる女性議員の意識が滲んでいる。中川議員は「男の中で働く女はこうあるのが正しい」という自らの古びた規範をついつい言い訳に使ってしまったのだ。

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