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「アイドルを消費する」日本に、『マッドマックス』が投下したもの 西森路代×ハン・トンヒョン

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多様性の担保されたアクション映画

―― そもそも、お二人は『マッドマックス』を、フェミニズム的な視点に限らない全体的な評価として、どのように見られていますか?

西森 私は去年『アナと雪の女王』で、こんなに論点がある映画があるのかって驚いていて、それ以上に語れる作品はなかなか出てこないんじゃないかと思っていたら、あっさり一年後にまた出てきたので、すごくうれしく思っています。

ハン 各所で言われているように、フェミニズムの影響、その要素は強いのかなと思います。ハリウッドで、こうしたある種のポリティカル・コレクトネス(PC)的な配慮が普通になってきたということではないでしょうか。とはいえこれは何も政治的な配慮からフェミニズムの要素が取り入れられているというよりも、ジョージ・ミラー監督もインタビューで言っていたように、「面白い話」を作るには、必然的にこれまでのステレオタイプから脱して、多様性を追求する必要がある、ということでもあって。

西森 PCのエンタメ化については、去年、韓国映画にそういう傾向があるということを、対談したことがあったんですよね。

韓国映画特集『2014年上半期の韓国映画シーンと制作現場のウラ事情!社会学的に切り込む』(9/10) 

ハン 韓国映画とは、そうなっている文脈に違うところがあるとは思っていますけど。とはいえハリウッド映画は世界を相手にした巨大産業なわけで、資本の論理で考えてみても、アクション映画の動員を増やすために今までどおり男性だけを対象にするのではなく、女性もストレスなく見られるものにする、というのは、正しいですよね。さっき西森さんは、これまで香港映画のホモソーシャルの「嫌なところ」は仕方ないとあきらめてスルーして見ていたと言っていましたよね? 私の知人の女性にも、ハリウッドのアクション映画のミソジニー的なところはスルーして見ていた、でも恋愛要素がなくてもアクション映画は大好きという人はいて、ハリウッドがそのような女性たちを、正面から市場に取り込んでいこうと考えたのだとしたら、当然の流れでしょう。同じことが、たとえば人種や民族についても、起きていると思います。このグローバリゼーションの時代、観客層が多様になっている時代に、世界のあらゆる国や地域に映画を売っているわけで。

西森 男性も女性も納得できるアクション作品なんて、今までは出来ないのではないかと思い込んでいたけれど、「あ、出来ちゃうんだ」とわかってしまった。そこが凄いと思います。

ハン 最近のハリウッドの映画は、『ベイマックス』にしても、『マッドマックス』にしても、集合知で脚本が作られていると聞きます。たくさんの人に面白くストレスなく見てもらう多様性を担保するために、必然的にそうなっているのでしょう。

―― 今、アカデミー賞のスピーチで、フェミニズム的なことを言う女優がいたり、国連女性親善大使になったエマ・ワトソンや、ビヨンセもフェミニストであると公言していますが、そういう動きと『マッドマックス』のようなPC的な要素のある映画が産まれていることには関係があるんでしょうか。

西森 やっぱり、空気はあると思いますよ。私なんて、ほんの3年前まで、フェミニズムのこともジェンダーについても何のことだかわからなかったけれど、Twitterを見ていても、徐々にジェンダーの話題が増えてきて。もちろん、そういう人をフォローしているというのはありますが、それにしても増えていると思います。

ハン そうなんですね。少し前までは日本社会でこの辺の問題に対して、保守化一方のような印象を持っていたのだけど、行きつくとこまで行きついたというか、そことは別の方向というか、お上のやることがひどすぎるからか、やっぱりつらすぎて、そこから脱したいって空気が出てきているのかなあ。

西森 でも、本当にここ数年の変化って大きいなと思うんです。これが三年前だったら、『マッドマックス』で、ここまでフェミニズム的な観点から議論できたかなと。『マッドマックス』がメジャーな作品で、男性が作った映画だからというのもあると思います。ジョージ・ミラー監督がこう言ってるんだから、私たちも言っていいのではないかという感じがある。そこが、『アナ雪』で語るのと、『マッドマックス』で語るのとは違うんですよね。お姫様映画に描かれたフェミニズムよりも、アクション映画に描かれたフェミニズムについて語るほうが、乗っかりやすいし怖くないという気分があるような気がします。

炎上を、謝罪ではなく対話で受け止めたジョンヒョンという希望

―― 最近、ハンさんは、Yahoo!ニュース個人で、K-POPの男性アイドルグループ、SHINeeのジョンヒョンと、フェミニストとのやりとりを記事にしていましたよね。

ハン 平等ではない構造のなかでのコミュニケーションについて考えるためのいい材料になると思ったし、正確な内容が伝わっていなくて日本のファンが心配していたこともあって、記事にしてみました。

「見きわめる目と傾ける耳」を持ったアイドル、SHINeeジョンヒョンとフェミニストとの対話

西森 どういう話だったんですか?

ハン ジョンヒョンが自分のラジオ番組でゲストの女性ミュージシャンと話していたときに、「女性は祝福された存在で、創作にインスピレーションを与えるミューズだ」というようなことを言いました。それに対してゲストのミュージシャンは「自分自身がアーティストだからちょっと違う」と応じながら、女性がアーティストとして生きている苦労について言及したのだけど、ジョンヒョンはそこに同意し励ますつもりで、女性は愛される存在だから、などと言ってしまって。

西森 男女が、愛する性と愛される性、創作する性と創作のモチベーションを与える性に分かれてるという感じですね。

ハン ジョンヒョンに悪気はまったくないんだけど、その発言がミソジニー的だと韓国で炎上したんですよ。ジョンヒョンはSNS上で誤解だと説明して、ラジオでのやり取りの文字起こしをアップし、「もし私の話が誰かに不快感を与えたのだとすれば、それがどの部分であったのか正確に知りたくてこのようにメッセージを送っています」と書きました。そして、ジョンヒョンにメンションを寄せたフェミニストを自称するある女性に自分からDMを送り、かなり長いやり取りをしたんです。ジョンヒョンの許可を得て公開されたやり取りの内容を全文訳して載せたので読んでいただければわかりますが、私がいいなと思ったのは、ジョンヒョンが単に「誤解」だと釈明するのではなく、相手の異議申し立てに耳を傾けて、なぜそのように受け止められたのか、自分の言葉が何によって規定されているのかを知ろうとしたところですよね。悪意がなかった、誤解なんだ、という釈明だけだと、単に言葉を受け取った側に責任を押しつけることになってしまう。それじゃ下手すりゃ逆ギレです。

西森 そうやって知らないことを知ろうとしたり、理解しよう、対話しようとしているってだけで、「下から目線」の強い自分は感動してしまいます。

ハン 読んでくれた日本のファンの反応もだいたいはそんな感じでした。ジョンヒョンはすごい、という。ただ中には、「ジョンヒョンはアイドルとして常に消費されている側で、ミューズとして消費されるということがどういうことなのかわかるはずなのに、そのジョンヒョンにすら、こんなに丁寧に説明しないといけないのか」という反応もありました。

西森 それでも、表面的に謝るだけで済まさないで、そして突然現れたフェミニストの女性に話を聞いて理解しようとする男性がいることは希望ではありますね。

ハン もちろん。まあ世の中がこうである以上、まだまだ課題はあると思いますが……。私も「下から目線」ですかね(笑)。

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