こんにちは、北村紗衣と申します。私はシェイクスピアの研究者で、普段は江古田にある武蔵大学で英文学や舞台芸術史を教えています。シェイクスピア研究というと難しい戯曲のテクストを前に……という想像をされる方も多いかもしれませんが、現在のシェイクスピア研究は上演研究や翻案研究などを含むかなり裾野の広いものになっています。私も普段はいろいろなことをやっているのですが、主に研究しているのはシェイクスピアとその女性ファンの歴史です。
この連載では、フェミニズムを軸にして、舞台や映画、テレビドラマ、本などを分析していきたいと思います。
フェミニズムというと社会運動や社会学を思い浮かべる方も多いかと思います。しかし、文芸批評の中にも「フェミニズム批評」という分野があります。これはジェンダーやセクシュアリティ、家父長制など様々なフェミニズムの概念を用いて作品を分析するものです。本気を出してひとつの作品をフェミニズム批評で分析すると何千字も必要なので、この連載ではもう少し緩い感じでジェンダーやセクシュアリティの話題を盛り込んだ作品紹介をしていきます。特に私は昔のことを研究しているので、作品を取り上げる中で、女性史、つまり今まであまり取り上げられてこなかった歴史上の女性や、過去の女性の暮らしぶりなどにも目配りしたいと思います。
ニューオーリンズで過去に出会う
今回取り上げるのは、ヴァネッサ・ウィリアムズ主演のテレビドラマ『愛する勇気』(Courage to Love)です。
このドラマは2000年に、女性向け番組を得意とするアメリカのテレビ局・ライフタイムが放送した歴史ものです。一応日本に輸入されているのですが、とくに有名な作品ではありません。ドラマの内容をご紹介する前に、私がこのドラマに登場する無名の偉大な女性・アンリエット・デリールと出会ったきっかけをお話しすることにしましょう。
今年の3月、私は研究出張でアメリカのルイジアナ州に行ってきました。調査の合間にガイドツアーに参加し、ニューオーリンズの聖ウルスラ修道会を見学したとき、写真の像を見かけました。この像はツアーのガイドさんのお気に入りだそうです。というのも、アンリエット・デリールは地元出身の自由黒人でありながら(19世紀のルイジアナ州には奴隷ではない自由身分の黒人住民が多数いたそうです)、当時慣習的に行われていた白人男性との愛人契約を拒み、さらにはルイジアナで初めて黒人女性のための修道会を設立するという偉業を成し遂げた女性なのだそうです。この功績が称えられアンリエットはカトリックの尊者となり、そのうち列聖される可能性もある、ということでした。
私はアメリカ史にもキリスト教にもあまり詳しくないのですが、奴隷制度があった時代に有色人種の女性が修道会を立ち上げるのが大変な仕事であることくらいは想像がつきますし、聖女になるかもしれないというからには興味深い人生を送った女性に違いありません。
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