恋愛関係でなくても男女は協力できる 「当たり前」を描いた『マッドマックス』が賞賛される皮肉 西森路代×ハン・トンヒョン

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(C)2015 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

8月末に掲載した、ライターの西森路代さんと社会学者のハン・トンヒョンさんによる『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年6月公開)対談は、掲載後に大きな反響をいただきました。

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前回の対談では、主に『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のフェミニズム的な魅力がテーマとなり、ポリティカル・コレクトネスとエンターテイメントを見事に融合させた『マッドマックス』を多くの人が鑑賞することで、意見を異にする人びとの対話のきっかけになるのではないかという希望が語られていました。

そして、来る10月21日に、『マッドマックス』のブルーレイのリリースが決定。いまだ冷めやらぬ『マッドマックス』への興奮は、ブルーレイ発売を機に再燃することが予想されます。そこで8月に収録された対談から、前回公開しきれなかった内容を記事化することといたしました。

『マッドマックス』は女性からも多数の支持を受けている映画です。「女性は恋愛映画が好き」という俗説がありますが、『マッドマックス』に恋愛要素があったのかというと、その意見は分かれているように見受けられます。

対談されたお二人は、主人公のマックスとフュリオサのふたりの関係は「恋愛」ではなく、「生き抜く」という共通の目的を持った合理的な協力だと考え賞賛されています。この「賞賛」を生み出すのは、現代社会の女性と男性の関係性によって生じる「生きづらさ」を暗に示しているのではないでしょうか……? 語るに尽きない『マッドマックス』、その魅力を改めてご確認下さい。

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西森路代
1972年、愛媛県生まれのライター。大学卒業後は地元テレビ局に勤め、30 歳で上京。東京では派遣社員や編集プロダクション勤務、ラジオディレクターなどを経てフリーランスに。香港、台湾、韓国、日本のエンターテインメントについて執筆している。数々のドラマ評などを執筆していた実績から、2016 年から4 年間、ギャラクシー賞の委員を務めた。著書に『K-POP がアジアを制覇する』(原書房)、共著に『女子会2.0』(NHK 出版)など。Twitter:@mijiyooon

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ハン・トンヒョン
1968年、東京生まれ。日本映画大学准教授(社会学)。専門はネイションとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンを中心とした日本の多文化状況。著書に『チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィ)』(双風舎,2006)、『ジェンダーとセクシュアリティで見る東アジア』(共著,勁草書房,2017)、『平成史【完全版】』(共著,河出書房新社,2019)など。Twitter:@h_hyonee

―― 『マッドマックス』について語る人びとの中には、「恋愛要素」を巡る見解の相違も見られました。「恋愛の要素がある」と考える人と「ない」と考える人がいて、さらに「恋愛要素がないのになぜ女性に受けているのか」と疑問を持っている人もいた。どういうことだと思われますか?

ハン 女性が恋愛映画ばっかり見てると思っているから、そういう疑問が出てくるんでしょうかね。でも、『マッドマックス』はカップルで見に行ったらいいんじゃないかって私は思ったんですけど。マックスとフュリオサの関係をどのようにみるのか、意見が違っても、そこから対話できる関係っていいと思うし。

西森 恋愛ものに関しては、自分のことを考えると、2、3年前まではもうちょっと興味があったと思います。でも、この一年くらいで急に心が離れてしまって、作品を見てものれないんですよね。

ハン それはなぜでしょうね。

西森 単に自分の心境の変化かもしれないけど、「壁ドン」とか「肩ズン」のように記号的に使われるものに反射的に「キュンキュンくる!」なんて気持ちには今更なれないし……。「壁ドン」自体は、昔からあるものですが、最近ではマンガ『関根くんの恋』(太田出版)の「壁ドン」はいいシーンだと思いました。関根くんは、イケメンエリートなのだけど、「鈍感・受け身・器用貧乏」の三重苦がたたってどこかピントのずれた人生を送ってきたという人物像になっています。そんな関根くんだから、恋をしても自分の気持ちがわからなくて、好意を寄せる手芸屋の孫娘のサラに自分の気持ちが伝えられず、思わず「壁ドン」をしてしまうんです。こういう葛藤の末の「壁ドン」だったらいいシーンだなって思えるんですけど、今、もてはやされてる「壁ドン」は、なぜ「壁ドン」することになったかの過程とかがあまり描かれてなくって、単に「壁ドン」だけを切り取ってるものが多い。だかから上手くのれないように思います。冒頭のシーンでなんの説明もなく「壁ドン」から始まる作品すらありますからね。もちろん、インパクトはあるし、記号的なもので楽しむ層ってのもいるだろうからいまだにラブコメが作られてるんだと思いますけど。

ハン 関係性の新しさを深く描くものと、記号的なものとが両極端ですよね。新しい恋愛の形を描いたものだったら私ものれますが。最近、あまりドラマは見ないのですが、昨秋たまたま見たNHKドラマ10の『さよなら私』はよかったですよ。家族を作り直す物語で、恋愛や夫婦関係の要素があっても記号的ではないリアルな大人の関係性であり、女性同士の関係を軸に家族の形を問い直すものでした。

西森 韓国ドラマでいうと、今は『未生~ミセン~』っていうドラマがすごくよくって。恋愛がまったく出てこないんですが、商社の中の上司と部下、同期たちの葛藤や関係性がちゃんと描いてあるから、恋愛感情じゃなくても、ぐっとくるんですよね。主人公の男性はその商社の非正規雇用なんですけど、非正規の問題が女性だけの問題ではないという描き方もいいと思いますね。

ハン 『マッドマックス』は、話のあらすじは単純なんだけど、男女が出ていても、恋愛でもなく上下関係でもない関係性が描かれてる。これってありそうでなかなかないような。マックスは「流し」の革命家だし、ふらっと現れて助けて去っていく股旅もののようでもあるし。マックスがなぜフュリオサやワイブスといった女性たちと対等な関係を結べたかというと、ひとつはマックスに、いまだにフラッシュバックするようなトラウマとなっている過去の経験があるからかもしれない。その罪滅ぼし的なものというのはあり得るかなと。

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