連載

【厚木ネグレクト死事件】毎月十分な収入を得ていたのに、ライフライン復旧の支払いはしなかった

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弁護人「なぜ部屋を真っ暗にしたんですか?」

齋藤被告「……………(非常に長い沈黙のあと)……ま、はじめのうちは、やっぱり金が払えないから暗くしてたんですが、だんだんそういう生活に慣れてしまったことが原因だと思います」

弁護人「昼間は窓を開けて明るくはできたんじゃないですか?」

齋藤被告「できました。でもしませんでした」

弁護人「どうして?」

齋藤被告「………(また長い沈黙のあと)一応……息子が勝手に出ないようにっていう面もあり、そういう点で、全部閉め切ってしまいました」

弁護人「和室のところにガムテープを貼っていましたね。あれは?」

齋藤被告「外に出ないように」

弁護人「2人暮らしになって理玖くんが家から出たことはありますか?」

齋藤被告「あります。2回……最初は児童相談所で保護されました。2回目はすぐ、家の側にいたんで」

弁護人「児童相談所で保護されたのは、2人暮らしではなく奥さんと3人暮らしのときではなかったですか?」

齋藤被告「そうだと思います、妻が引き取りに行きました」

 2人暮らしになって1度、妻がいる頃も1度。理玖くんはひとりで合計2度、外に出たことがあったという。児童相談所に一時保護されたのは3歳の頃だ。それを防ぐために被告は部屋の扉にガムテープを貼っていたというのだが、実際にそれが“ひとりで外に出たときに危険だから”か、“こうした暮らしをしている事実を外に知られたくなかった”からなのか。ただ、近所付き合いもしていない被告が、誰に「知られたくなかった」のか。近隣に住んでいるはずの父親や妹に、だろうか。対肉親でないにしろ、誰かに助けてもらおう、手伝ってもらおう、という発想には至らなかったのだろうか。

 また、最初は払うお金がなくライフラインが止まったと言っているが、その後キャバクラで出会った女性と交際を始め、ホテル代などは支払っていた。妻のツケの肩代わりなどで一時的に出費が増え、電気、ガス、水道が一旦止まったとしても、また復旧させるだけの稼ぎは毎月得ていたはずである。なぜ自宅のライフラインを復旧させようとしなかったのか。被告の回答は、要領を得ない。

(高橋ユキ)

次回につづく

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