頑固じじいの心を開いたのは、亡き妻が残した「家事ノート」だった こうの史代『さんさん録』

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こうの史代『さんさん録』(双葉社)

こうの史代『さんさん録』(双葉社)

 こんにちは、さにはにです。今月も漫画を通じて女性の生き方について考えるヒントを探したいと思います。よろしくお願いします。

 今回ご紹介するのは、こうの史代先生の『さんさん録』です。これまで現在連載中の作品を取り上げてきましたが、この『さんさん録』は2004年から2年間『漫画アクション』に連載されていたもので、『さんさん録1』と『さんさん録2』の2冊で既に完結している作品です。

 こうの史代先生は、広島原爆を描いた『夕凪の街 桜の国』(2004年)が第8回文化庁メディア芸術祭マンガ部門大賞、第9回手塚治虫文化賞新生賞を受賞しています。またアニメ映画化が現在進行中の戦時期の広島を描いた『この世界の片隅に』(以上、すべて双葉社)は、製作費用をクラウドファンディングで募集したところ、わずか1週間で目標金額の2000万円を達成しています。こうの先生が高い評価を受けているだけでなく、多くの人から深く愛されている作家であることが、この事実からも伝わるように思います。

頑固じじいが立派な主夫に変貌!

 『さんさん録』は、定年退職後、妻に先立たれた参平が息子家族と同居を始めるところから物語はスタートします。頑固でぶっきらぼうな参平は、息子の妻である礼花や小学校に通う孫娘の乃菜とうまくコミュニケーションを取ることができません。その性格故に「この人」「じいさん」「じじい」と呼ばれる始末の参平は、掃除洗濯炊事など家事の基本がさっぱりで、家のどこになにがしまってあるのかも把握していないところから、先立たれた妻に家のことは全て任せていたことが想像できます。

 参平について、こうの先生は第2巻の巻末で「苦手なタイプを主人公にした」とコメントしています。そして、参平を描き進めるうちに「『苦手なじじい』はほんの一握りで、多くの人は善良な大人だったと気づいた」と書いておられます。そうした参平の人間性が、主に日常生活を維持するために必要であるにもかかわらず無報酬でおこなわれる作業、すなわち家事から引き出されている点が本作の面白いところです。また、それらの具体的な手順を書き残したのが生前の妻である、というのも見逃すことができない仕掛けだと思います。

 家事のやり方などさっぱりだった頑固じじいの参平は、ひょんなことから引き受けた肉じゃが作りにはじまり、部屋の掃除、ボタン付け、風邪の看病など次々と挑戦して行きます。物語の4分の1が終わる頃には、働きに出る礼花の代わりに自ら主夫となり、洗濯、訪問客にお茶を振る舞う、アイロン掛け、植物の世話など順調にスキルアップし、最終的には乃菜に代わってバレンタインデーのチョコレートを作成するまでになっていきます。頑固な「じじい」だったはずの参平が第二子の出産をめぐって鋭く対立する息子夫婦をなだめ、礼花の就業継続を支持して詩郎に育児休業の取得を勧めるくだりは本作のクライマックスのひとつなのですが、参平が息子夫婦から信頼を勝ち得て行く過程を家事の上達とパラレルに構成している点が本作の大きな特徴でしょう。

 こうの先生のさりげない筆配りと細やかな描写力は、日常生活のディテールを描くのに抜群の効果を発揮していて、たいへん読み応えがある作品となっています。もうひとつ、『さんさん録』には大人の恋愛要素もあるのですが、今回は家事を中心に考察をしてみたいと思います。

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