頑固じじいの心を開いたのは、亡き妻が残した「家事ノート」だった こうの史代『さんさん録』

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夫の家事はいいとこ取り?

 男性の家事参加は現在の日本でも大きな関心を持たれているトピックで、私が専門としている家族社会学でも多くの研究がなされています。例えば、今年5月に出版された立命館大学産業社会学部教授の筒井淳也氏の『仕事と家族——日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書)では、男性の家事参加について興味深い考察をされています。今回はそのなかからいくつかデータをご紹介したいと思います。この本自体も大変読みやすい本でおすすめなのでぜひ手にとってみてください。

筒井淳也,2015,『仕事と家族』中央公論新社.

数値が高いほど妻の負担が大きい(筒井淳也,2015,『仕事と家族』中央公論新社.)

 図1は、家事の種類ごとに、夫婦の負担がどのように違っているのかについて、国際的に比較したデータを示したものです。家事には「男性的な家事」と「女性的な家事」があり、家屋のメンテナンス(電球の交換など)や車のメンテナンス、庭仕事は男性的な家事で、食事や洗濯、掃除、病気の世話、は女性的な家事だとされています。こうした傾向は国際的にも共有されていて(食文化の違いがあるので食事の準備は難しいのですが)洗濯、掃除、病気の世話、買い物は女性の負担が高い家事であることが図1から見えてきます。

 「男性的な家事」と「女性的な家事」はどちらとも、日常生活を維持するために必要であるにもかかわらず無報酬でおこなわれる作業であるという点では同じなのですが、「女性的な家事」の方がより日常的であり、マネージメントが複雑であるという特徴があります。

 こうした夫婦間における家事の質の相違についてよく引き合いに出されるのが、「ゴミ捨て」や「子どもの入浴」です。このふたつは日本では男性の参加率が比較的高い家事として知られていますが、「男性による『ゴミ出し』の内実はゴミ捨て場へのゴミ袋の運搬であり、日常的な分別やとりまとめは妻がおこなっている」「子どもの入浴の内実は子どもの身体洗浄のみであり、風呂から出た後の着替えやその後のケア(乳幼児の場合なら耳の掃除や保湿等)は妻がおこなっている」といった指摘が後を絶ちません。夫の担当はしょせんピンポイントであり、全体的なマネージメントは結局妻がおこなっている「家事のいいとこ取り」とも呼ばれています。

 夫の家事参加が「いいとこ取り」に終始してしまいがちな理由として、夫は外で働き妻は家庭を守るべきだとする性別役割分業規範の根強さ、収入の高い人間は相対的に家事の負担が少なくなりがちだという指摘、また日本の労働時間の長さ等がしばしば挙げられます。しかし、先述の筒井氏の議論によれば、これらの指摘は強い説得力を持たないようです。詳しい議論は筒井氏に譲るとして、今回は労働時間の長さについてご紹介しましょう。

家事スキルの低さが「いいとこ取り」の原因

筒井淳也,2015,『仕事と家族』中央公論新社.

妻家事時間-夫家事時間(筒井淳也,2015,『仕事と家族』中央公論新社.)

 図2は、夫婦間の労働時間を揃えた上で家事時間の差を計算し、国際比較したデータです(筒井 2015)。これを見てみると、たとえ労働時間が同じであっても基本的にどの国でも妻の方が家事に多くの時間を費やしていることが分かります。しかし国ごとに差はあり、日本やメキシコで週あたり10時間以上、デンマークやノルウェーでは週あたり2−3時間に収まっています。

 日本における男性の家事時間の短さを考えるためには、夫の家事のスキルが妻に比べて相対的に低いこと、夫婦の間で家事の希望水準が違う点を踏まえる必要がありそうです。「希望水準が高い方が高いスキルを持っているのなら、その人(たいていは妻であろう)がいやいやながらも家事を負担する可能性が高い」(p184)と筒井氏は言います。女性の家事のスキルの高さの背景として、「女性は家事や育児をするものだ」という社会的な要求があることは言うまでもありません。

 女性に比べて男性は社会的な要求もなく、また家事育児をする機会を持ちにくいため、結婚後に家事に取り組み始めたとしてもスタート時点で差がついているということは、家事について考える際に踏まえておく必要がある大切な指摘だと思います。このことは参平が肉じゃがを作るのに5時間もかかった(そもそもガス台の使い方すらわかっていなかった)ことからもお分かりいただけるでしょう。

 ただ『さんさん録』で興味深いのは、肉じゃが作りにおいて「男性家事あるある」ともいえる、手際の悪さを露見した参平が、その後も掃除、病気の世話と「女性的な家事」から身につけて行く、つまり亡き妻の行動をなぞる形で家事を習得しているという点です。ハードルが低いはずの大工仕事や植物の世話といった「男性的な家事」が登場するのはむしろ物語の終盤で、それらの家事は参平が外に目を向ける健全さを取り戻すエピソードと関連して描かれています。

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