社会

夫婦が別々の姓を名乗っても、家族の一体感は損なわれない【選択的夫婦別姓訴訟、判決直前!ミニ講座①】

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「それって、イジメる側が悪いのでは……? 暗に、人と違うことをしている子はイジメられて当然といっているようなものですね」

「おっしゃるとおりです。反対意見はいずれも根拠のない、ふわ~っとしたことばかりですが、これを主張する人たちは、家族ひとりひとりが家に対して忠実であり、それぞれ夫や妻、父や母という役割をきちんと果たすことは、国家に対して忠実であり、国民ひとりひとりが国に奉仕することに繋がる、と考えているようです。いまの憲法になる前、明治民法では家制度のもと、〈女性は男性の家に入る〉という考えでした。夫婦同氏の規定があったのではなく、妻が男性の家に入りその氏を称することにより結果として夫婦同氏になったのです。当時は女性に選挙権も被選挙権なかったですし、明治民法を起草したのも男性ばかり。疑問を呈する人もいなかったでしょうね。ほかにも家制度のなかには、実質的に女性を差別している項目がたくさんあり、その反省をもっていまの憲法になったにもかかわらず、時代を逆行したがる人が少なくないようです」

 家族の一体感とは、日々の生活のなかで愛情をはぐくみ、困難を乗り越えるごとに絆を強めてこそ得られるものであり、そうしたものに裏打ちされた一体感であれば〈夫婦の姓が違う〉というだけでは、崩れようがないはず。そして、家族とは必ず一体感がなければならないもの、となると苦しむ人たちもいる。「日本の戸籍、引いては国家を壊そうとしている……といわれることがありますが、私たち、クーデターを起こそうなんて大それたことは思っていませんよ」と笑う打越さく良さんと大学生のミニ講座、後編に続く

取材・文=三浦ゆえ
写真=横尾涼

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