日の光のほうへ歩く~公正のために戦う『サンドラの週末』

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奥行きのあるヒロイン、サンドラ

 サンドラは弱さと強さを併せ持つ奥行きのある女性像です。映画の女性キャラクターは男性との関係の中でのみ存在したり、母とか恋人というようなたったひとつの役割に還元されたりすることも多いのですが、この映画はそうではありません。

 サンドラは労働者である他に配偶者や母、友人といった多様な面を持つひとりの人間として尊厳を持って描かれています。サンドラは鬱病で、やる気に溢れた状態から自殺未遂までを行き来する病状のアップダウンが細やかに描かれています。しかし、鬱病だけが人物造形の中心になっているわけではありません。まだ病気が完全に治っていないサンドラは、最初は復職を諦めていましたが、マニュの励ましでなんとか同僚訪問をはじめます。配偶者としてのサンドラは病気やセックスレスのせいもあり、マニュがもう自分を愛しておらず、憐れみだけで一緒にいるのではないかと不安にかられて問い詰めたりするようなこともあるものの、基本的にはマニュを大事に思っています。サンドラは優しい母でもあり、子どもの前では涙を見せないようにしたり、おやつにタルトを焼くなど、病み上がりであるにもかかわらず子どもたちを喜ばせたり気を使わせないよう努力しています。サンドラは配偶者としても、母としても、そしておそらく労働者としても、完璧ではありませんが、愛情と責任感を持った大人です。

 サンドラの友人としての面が最もよく描かれているのが同僚たち、とくにアンヌ(クリステル・コルニル)との関わりです。アンヌとサンドラの物語はこの映画の中でも男性による女性の抑圧とそれに対する抵抗、そして女同士の絆が最も深く掘り下げられているところです。

 最初、サンドラがアンヌに復職への投票を頼みに行った時、アンヌは復職への投票を断ります。アンヌは夫と話してボーナスを選ぶことにしたと言いますが、おそらくカンのいい人なら、この場面のアンヌの浮かない表情や口ぶりからなんとなくモラハラ夫の影を想像するところでしょう。この想像は正しかったことがすぐわかります。夫と相談して後でまた連絡すると言ったはずのアンヌが電話をよこさないため、サンドラとマニュはアンヌの家を再訪して結果を聞こうとしますが、そこでサンドラは玄関に出てきたアンヌを夫が強引に家に引っ張り込むなど乱暴な振る舞いをしているのを目撃します。サンドラはアンヌの夫婦喧嘩にひどく責任を感じ、マニュに対して自分は病み上がりなのだからもう復職しないほうがいいのだというようなことを言い始めます。

 同僚訪問がうまくいかず、希望を失い始めたサンドラは家に帰って薬を一瓶飲んでしまいますが、そこにアンヌが訪ねてきて、夫に唯々諾々と従うのはやめてサンドラに投票することに決めたと言います。アンヌの微笑みを見たサンドラは生きる気力が湧き、病院に駆け込みますが、退院直後、サンドラはアンヌが夫との離婚を決意したと知ります。アンヌは多くを語りませんが、「人の言いなりはやめる」という宣言からは今までかなり夫の横暴な振る舞いに耐えてきたらしいことが読み取れます。サンドラは驚き、ボーナスに投票しても気にしないと言いますが、アンヌは離婚の意志を変えません。「あなたのおかげで私も変わった」と言うアンヌの言葉からは、公正な扱いを訴えるサンドラの闘志がアンヌを元気づけ、自分を平等に扱わない夫から離れることを決意させたことがわかります。

 アンヌの決意を聞いたマニュがカーステレオで音楽をかけ、アンヌとサンドラはヴァン・モリスンの‘Gloria’を一緒に歌います。‘Gloria’は英語の‘glory’やフランス語の‘gloire’、つまり「栄光」を思わせる女性名です。この場面では、ふたりの女性が束の間、不安や抑圧から解放されて友情という栄光に輝く瞬間を楽しんでいます。女性同士の連帯を、音楽を使って巧みに描いた場面と言っていいでしょう。

公正のために

 月曜日の朝、サンドラの復職とボーナスに関する投票結果は8対8と過半数に達しなかったため、サンドラの復職は適いませんでした。しかしながら社員の半数にボーナスを断念させるという結果に驚いた社長が、臨時雇いの社員の契約を延長しないかわりにサンドラを復職させようと申し出ます。ここで、今まで公正のために戦ってきたサンドラは迷わず公正のための決断をします。つまり、臨時雇いの同僚を犠牲にして会社に残るのではなく、自分がクビになることを選ぶのです。今まで復職のために戦ってきたサンドラにとっては大きな決断でしょうが、サンドラはアンフェアなやり方で仕事を取り戻すことを即座に拒絶します。

 無職になったサンドラは会社を出てマニュに電話をかけ、新たな職探しが必要だが自分たちは「善戦した」と述べます。日光が降り注ぐ中、晴れやかな顔をしてひとり歩いて行くサンドラをカメラがじっくりとらえます。この場面のサンドラはとても強い女性に見えます。サンドラは仕事を取り戻すという目的は果たせなかったかもしれませんが、公正さという自分の理念を守ったのです。

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