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五郎丸歩を古き良き「日本男子」として持ち上げる力技について

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五郎丸の愛国心は他国嫌悪の上に成立しない

 五郎丸はとってもスタンダードな家族観を持っているし、グラウンド上ではとってもスタンダードな愛国心を放っているが、日記を読んでみると、それらは見事なまでに曇りなく、“ラグビーを探究するためだけに”突き詰められていると分かる。彼は昨年11月に行なわれた自民党立党60年記念式典にゲストで招かれているが、これもまた、来たる2019年ラグビーワールドカップと2020年五輪をよりよい形で迎えるために自分が宣伝塔となってやろうと出かけていったのだろう。

 新・国立競技場建設が白紙撤回され、2019年のラグビーワールドカップでは使えなくなったことが報じられ、ヘッドコーチのエディー・ジョーンズから日本での開催確率が50%になったと聞かされた時のことを、『五郎丸日記』ではこう綴る。

「愕然としましたね。僕らは何のために代表としてやってきたんだ、と力が抜けました」
「2019年のワールドカップが、こんなにふうにないがしろにされるのかと思うと、悔しさを通り越して、悲しみに打ちひしがれましたよ」

 競技に臨むアスリートを一義に考えない政治に五郎丸は憤っている。その後、新国立はラグビーワールドカップには使えないという不満足な形ながらも諸問題がクリアされたから、自分の存在がある程度政治利用されても構わないと考えたのか。

 結果的にその党大会では、五郎丸の存在に言及しながら安倍首相が「『森喜朗元首相も、若いラガーマン時代はああだったのかな』と冗談を交えた。首相は五郎丸氏の“精神統一ポーズ”をまねながら『私たちも来年の来るべき戦いに向かい、精神を統一していこう』とも強調」(産経ニュース・2015年11月30日)したというから、バッチリ政治利用されてしまったわけだが、彼が清々しく利用されたのは、ラグビーという競技を国民的なスポーツに引っぱり上げたい、という一心なのだろう。

 2014年に浦和レッズサポーターが「JAPANESE ONLY」という横断幕を掲げたことが問題視された一件があったが、このように、スポーツと愛国心は歪んだ形で近付きやすい。ラグビーは日本代表のなかに外国人選手が多く参加している。日本チームのキャプテンはニュージーランド出身のリーチ・マイケルだった。彼らは、今回のように結果を残すまでは、なんでガイジンが日本代表にいるんだという、だらしないクレームも数多く受けてきた。

 世界を驚かせた南アフリカ戦の勝利の後、五郎丸がTwitterに更新したのは、このようなメッセージ。

「ラグビーが注目されてる今だからこそ日本代表にいる外国人選手にもスポットを。彼らは母国の代表より日本を選び日本のために戦っている最高の仲間だ。国籍は違うが日本を背負っている。これがラグビーだ」

 意識的な発言である。『五郎丸日記』のなかで、このツイートについて、「いつかは言わなくちゃいけないなと考えていました。南アフリカ戦に勝ったあとであれば、多くの方々に届くはずだと思ったんですよ」と語っている。

 日下による突飛な五郎丸論が載った『WiLL』の編集後記を覗けば、韓国初のドーム球場が整備不良等で不評だとのエピソードを書いた上で「さすが韓国です(笑)」と茶化したりしているのだが、日本を高めるために日本以外の国をいたずらに嫌悪してきたこの手の雑誌に、五郎丸を語る資格はあるのだろうか。やたらめったら、日本男子を代表させた形での五郎丸の乱用が目立つ。「森喜朗元首相も、若いラガーマン時代はああだったのかな?」、そんなことはないと思う。

backno.

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