エンタメ

「人は見た目だけじゃない」でも「人は見た目が9割」でもない 顔が変わっていく恋人をあなたは愛せるか『ビューティー・インサイド』

【この記事のキーワード】

また、ウジンの親友のサンベクが口さがなくて、ウジンがイケメンのときだけ一緒にクラブに行きたがったり(ナンパが成功しやすいからです)、ウジンが美人の女性のときには「やらせて」と頼んだりと、けっこうゲスい性格なのですが、そのことも不思議と嫌悪感を抱かせないようにできているのです。

なぜか考えると、サンベクは、ウジンに起こった変化を知って、妙に気遣うでもなく、自然に受け入れているし、最初に出会った姿がアジュンマ(おばさん)だったときには、「互助会にいってきなよ」というジョークまで飛ばしている。けれど、以前と同じように冗談を言ってくれることは、ウジンにとっては、笑顔を取り戻すきっかけになったし、腫れ物に触るような態度ではないことが、彼をほっとさせたことは間違いないでしょう。それは、表向きは、ウジンの顔がいくら変わっても、関係性は変わらないと言っているのだと思いますが、映画のメッセージとしては、サンベクが見た目の多様性を受け入れようとしていることにも見えるから、見ているこちらも嫌悪感を持たないのかもしれません。

美が宿っているのはウジンかイスか

この映画には、「ひとりひとりに合わせる」という表現がたびたび出てきます。例えば、ウジンの作る椅子は、ひとりひとりの骨格や背の高さにあわせたオーダーメイドにこだわっていますし、ウジンは朝起きると、まずメガネや洋服など、その日の自分の視力や体格にあったものを選ぶことから始めます。

ウジン自身は、異なった年齢、異なった性、異なった人種などを毎日経験するから、自然とそれに合わせるというやり方を身につけざるを得なかったのだと思います。

しかし、自分でも自分という内面を見失わず(毎朝同じ指輪をつけることで保っていたように思います)、かつ毎日異なる容姿と身体に自分を合わせることが大変だというのに、毎日異なった自分を相手に受け入れてもらうことは、もっと困難です。毎日違ったお客に、毎日同じ接客をしているイスであっても、ウジンの秘密を知ってなお彼を受け入れることそれは苦しいものでした(人の違いを受け入れないと、好ましい人には良い接客を、好ましくない人には親身にならない接客をしたりと、同じ接客をすることは不可能です)。

この映画のテーマは、一見、「人は見た目ではない」だと思われます。エンディングまで見ると、いわゆる「韓流ドラマ」のセオリーにのっとった作品にも見えますが、もうちょっと進んで考えて見ると、恋人に限らず、自分の関わる人が、男性だろうと女性だろうと、年をとっていようと若かろうと、どんな体形をしていようと、その違いを受け入れようというテーマでもあるような気がします(そこに関しては、細かく考えると、ちょっとひっかかる表現があるにはあるのですが、基本的にはそうだと思います)。

この映画のタイトル「ビューティー・インサイド」(美は内面に宿る)は、果たして誰を指すものなのでしょうか。毎日容姿の変わるウジンの「美」は内部に宿るのだから、顔が違っても人は内面なのであると考えるならば、このタイトルは、男性のウジンにつけられたものだと考えられます。でも実は、毎日変わる恋人と接して、一度は精神を病むほどに戸惑いながらも、最後には受け入れられたイスの内面にこそ、「美」は宿っていると考えることもできるのではないかと思いました。

もちろん、ウジンとイスの立場が逆になっても、女性は顔ではない、中身なのである、男性は一度好きになった恋人の顔が変わっても、中身の美を受け入れるものだ……という同じ結末であってほしいと思いつつも、実際には同じにはならないのでは、とも思います。

この映画のラストシーンは、印象的で、あっと言わせるものになっていますが、ウジンとイスの立場が逆転していたらと考えると、ちょっと微妙な気持ちになるのです。同じことを男女逆転で描くだけで、物語の意味が変化して、また別の論点が出現すると、そのままでは美しい物語が成立しない気がするし、それが映画になったら「女性のファンタジーが強すぎる」と言われてしまいそうなのが、ジェンダーに横たわる根深い問題のような気もするのです……。

1 2

「いいね!」「フォロー」をクリックすると、SNSのタイムラインで最新記事が確認できます。