『おそ松さん』は未来の私たちを描いている 「いち抜け」させない/できない6つ子たち

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「いち抜け」できない同調性と、させない圧力

 本作の主人公たちは周りから「誰が誰でも同じ」と評され、自らも「俺がアイツで俺たちが俺」と言うほど精神的にも物理的にも密な関係にあります。自宅の外には居場所がないニートで童貞の6つ子という設定は、より快適な調和や同調のために閉鎖・内輪化をはかるという現在のコミュニケーションが目指す終点を逆にスタートとできるという点で先見性があり、ここだけをとっても現代社会における人間関係の特徴を切り取るセンスがずば抜けているように感じられます。そのうえで本作が描くのは、こうした状況から「いち抜け」するのは誰かというゲームです。

 ここでいう「いち抜け」とは、就職や恋人、友人を作るなどの兄弟外からの包摂であり、外部との接続をさしています。本作では「ブラックな工場」やハローワーク、カフェでのアルバイト、就職面接、おでん屋修行など就業とニート脱却、恋人作りをはじめとした童貞脱却がたびたびネタになります。問題児である6つ子たちは「ありのまま」では包摂されることはないのですが、さりとてどこかで嘘をつくと他ならぬ兄弟たちが乗り込んできて全てをご破算にしてしまいます。このドタバタぶりがまさに抱腹絶倒です。たとえば第7話「トド松と5人の悪魔」では「KO大卒」と偽ってカフェでアルバイトをした末っ子のトド松が、アルバイト仲間から合コンに誘われて「ワンランク上の人間になれた」と喜んだのもつかの間、5人の兄からてひどいしっぺ返しを食うという顛末が描かれます。

 本作が提示するのは6つ子には彼らの間でだけ通用するコンテキストを持っていて、それに従って上下関係や外部との線引きがおこなわれ、違反があった場合は制裁がおこなわれるという過酷な人間関係です。本作ではこれがギャグとして描かれるのでドギツイ程に面白いのですが、その同調圧力と閉鎖性は空恐ろしくもあります。

 『おそ松さん』で描かれる6つ子の人間関係は、社会学者のピエール・ブルデューのいう「界」という概念を想起させます。「界」の話はちょっと複雑なのですが、さしあたり、独自のルールで支配/被支配を競うという構造を持つ「場」のようなものだとしておきます。男性同士の場合、これまでは、「勉強ができる」「スポーツができる」「美人の彼女がいる」といった資源で上下関係が決まるといわれてきました。ですが、企業や学校といった枠組みが相対的に弱くなっている今日では、従来のような決定的な差異をこれらはもたらすことができなくなっています。その代わりになるのは、親が持つ資本との関係、コミュニケーション能力、見た目や雰囲気などでしょう。しかし、もともと家族である「6つ子界」では、これらの資源も支配/被支配の根拠にはなりませんでした。それに代わって上下関係を決める資源として、本作では、誠実さ、おもしろさ、平等さ、などが提示されています。こうした「6つ子界」での常識が必ずしも社会人としての常識とはマッチしないところに『おそ松さん』のもうひとつの鋭さがあり、身内に馴染むほどに外部との接続は遠のいてしまうというアンビバレントな構造が物語全体を通して示されています。

 『おそ松さん』は6つ子の日常生活を描く本編の他に、イケメンキャラが主人公となる「F6」シリーズ(言うまでもなく神尾葉子先生の名作『花より男子』のパロディです)、登場人物がリアルなキャラクターになる「実松さん」、性別反転した6つ子が女子会を開く「じょし松さん」といったパラレルワールドがあります。同調性が高く、閉鎖的な人間関係が社会との接点を失わせるという構造はすべてのパラレルワールドに持ち越されているのですが、なかでも「じょし松さん」の空恐ろしさは女性の生き方を考える上で白眉といえるでしょう。そこで描かれているのは「ズバズバと痛いところを突きながらも親密で、互いに傷を慰め合う」という女子会の典型です。本編の6つ子が「ニートで童貞」「同じ服を着ていて見分けがつきにくい」「顔が同じ」「兄弟」であるのに対し、「働いていて未婚(ただし全くモテない訳でもなさそう)」「ファッションの方向性がバラバラで、むしろ同じ顔だと気づきにくい」「仮に姉妹でなかったとしても成り立つ」という反転が「じょし松さん」ではなされています。男同士の集団だとかなりの特殊状況でないと成立させにくい同調性と閉鎖性が、性別を反転させると逆に日常生活の延長として確保できてしまうというジェンダーの非対称性がここではつきつけられています。

 「界」の維持が逆に社会との接点を失わせてしまうというジレンマは、むしろ女性に広く開かれている問題なのではないでしょうか。あらゆるパラレルワールドでも「いち抜け」できない/させない6つ子たち。最終的な「6つ子界」の回答が実はこれからの女性の生き方のヒントになるのではないかと期待が止まりません。まずは1月29日に発売されたBD・DVDの『第一松』を視聴して、今後の展開に備えたいと思います。

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