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オナラをしても、ギリギリのラインで愛したくなる男『俳優 亀岡拓次』と、男たちのワイルド願望

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ギリギリのラインをついた監督・横浜総子

こんなげっぷやオナラばかりの映画、本当だったら、女性が喜ぶはずがないですよね。もちろん、映画はオナラやげっぷばかり出てくるというわけでもありません。でも、亀岡というキャラクターの要素だけを抜き出して見ると、そこまで女性にも受けるところがあるようにも見えないのに、なぜか愛らしく見えてしまう。そこには、何か秘密があるように思うのです。

原作は映画よりも、男だけで完結した世界観を感じます。もちろん原作にも「亀岡拓次って無骨だけどいいところあるなー」と思える場面もあるのですが、それは男受けそうな感じであって、女受けしそうにはありません。

映画のほうが、女性にも受け入れやすいのは、もちろん原作の亀岡のイメージよりも、安田さんのほうが容姿や立ち振る舞いが洗練されているということはあるでしょう。でも、それ以上に、横浜聡子監督の、セリフの取捨選択が、女性にも受け入れやすくしていた気がするのです。

それを感じたのは、麻生久美子さん演じる居酒屋で働く安曇と、亀岡のシーンでした。亀岡は、居酒屋で流れているテレビで、「ある女性宇宙飛行士が、妻のいる恋人の男性をスパナで殴って逮捕された」というニュースを見ます。07年にフロリダで起こった事件をネタにしているものと思われるのですが、「その宇宙飛行士は、不倫相手を暴行しに行くにあたって、長時間自分がトイレに行かなくて済むようおむつをつけていた」と。

そのニュースをきっかけに始まるある会話は、映画版では、安曇が「寂しくなったらまた飲みにきてくださいよ」というと、亀岡は「ええ行きますよ、おむつはいて」と返し、安曇はそれを聞いて、ケラケラと明るく笑い飛ばすにとどまります。そして、帰り際、「またきますね、おむつ穿いて」と亀岡がいうと「スパナをもって?」と返す。そして亀岡が「いいえ、花束持って」というシーンになっています。

ところが、原作では、亀岡が「おむつ穿いてこようかな」というと、安曇は「おむつ取り換えてあげますよ」と返す。その後も、亀岡は、おむつをつけているときの具体的な話を続け、花束という言葉が出てくることはありません。

同じシーンでほぼ同じことを描きながらも、横浜監督が省き、そして付け加えた部分は、かなり女性の受け取り方を変えたと思います。安曇が「取り替えてあげますよ」とまでいうのは、亀岡にとっては嬉しいことなのかもしれないけれど、個人的には、そこまで言わせるのも無粋に感じます。「スパナを持って?」とか「花束持って」というのは、原作で描かれている本来の亀岡には言えないセリフかもしれませんが、映画版ではそれが言えてしまう亀岡に変わったからこそ、女性が見ても、ギリギリ嫌な感じがしないのではないかと思ったのです。それに、映画の中の亀岡は、安曇の前ではゲップもしないし、くしゃみも上品すぎるほどでした。

原作の亀岡にも、映画の亀岡にも、ちょっとワイルドでいたい、ちょっと汚い存在でいたい、それが本当の(男としての)自分だという思いは共通しているように思います。でも映画の亀岡は、それを女性には決して押し付けない。それだけで、こんなにもさわやかに見えたりするものかと、この映画を見て気づかされました。

この映画の亀岡の行動は、自分が欲望を持つことと、人に押し付けることは別という意識があるのかもしれません。そんなちょっとの線引きが、亀岡が女性に生理的に嫌悪を抱かせる人間じゃなくてむしろギリギリのラインで魅力的に見えることにつながっているのではないかと思ったのです。

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