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「母親」が「人間」である以上。植本一子『かなわない』書評

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 たとえば、日曜ではないが上の娘が風邪で保育園を休み石田さんは仕事で遅くなる1月5日水曜日。姉妹喧嘩の仲裁にはじまり、夕食の支度をしている最中にまとわりつかれ、包丁や火のついた鍋など危険なものにさわろうとする娘にキレてしまう。

『自分でも抑えることが出来ず、頭にきて椅子を冷蔵庫にぶち投げた。下の娘はビックリして泣き出す。私も自分が抑えられないなんて、全く子どもと一緒で情けなくなる』
『下の娘がぼろぼろこぼしたり、私のお皿の中の物を手で取って食べようとするのが嫌で嫌で仕方ない。上の娘もわざとご飯を口から出したりする。とうとう全てが嫌になり、「もう知らないよ!」と大きな声を出し、一人で台所へこもる。すると今度は下の娘が追いかけて来て一人になれない。それすらも苛々してしまうので、今度はトイレに入るが、下の娘が電気をパチパチ消したり付けたりしてくる。とにかく深呼吸し、ツイッターを見たりして気を紛らわして』

 たとえば3月4日日曜日の夕食。下の娘が、わざと、食べ物を口に入れてはベーッと出している。

『何度目かに口から出された時、とうとう怒りが爆発してしまい「もう食べなくていい!」と大声を出してご飯を取り上げた。それだけでは抑えきれず、娘のポリプロピレンの茶碗を窓に投げつけ、自分の箸を壁に投げつけ、ソファにあった取り込んで洗濯物を放り投げ、ドアを足で何度も蹴った』
『あんなに大きな音をさせてドアを何度も蹴ったりして、あんなに大声を出して娘は泣いていて、誰か児童相談所に電話しないかな。心配、というより、どうぞ通報してください、と思った。誰か今すぐ訪ねてきてください。「大きな音がしましたけど、お子さん泣いているみたいですけど、大丈夫ですか?」って聞いてください。誰か私を怒ってください。余裕が無くなるとすぐに子どもに当たってしまう、こんな私を怒ってください。助けてください』

 一子さんは『どうして自分はこんな風にしか出来ないんだろう?』と泣き、保育園の登園時、担任の先生の前で「育児が苦痛で仕方ありません」と泣く。先生たちも彼女と子供たちをとても心配している。べつに娘たちを不幸にしたいわけではない。むしろ幸せにしてあげたい。日記には次のような記述もたくさんある。どちらも同じ一子さんなのである。

『私も娘達にとって、いつまでも味方でいてやりたいし、味方だと感じてほしいと思う』
『いつまでもこのままでいてほしいと思ったり、早く成長してほしいと思ったり。子を持つお母さんの気持ちは忙しい』
『上の娘もだいぶ意思疎通がとれるようになり、気持ち楽になったような』
『珍しく娘が手を繋いできて買い物、幸せである』

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