選択的未婚出産を阻む、2つの困難 七尾ゆず『おひとりさま出産』にみる多様な女性の生き方

【この記事のキーワード】

おひとりさま出産を支えるパートナーとの親密性

 ひとつめの困難として挙げておきたいのは、「なぜミウラと結婚しない?」という母親からの問いです。

 ミウラの金銭感覚や自由な生き方、彼の親が持つ複雑な事情を理由に結婚を拒むナナオですが、母親にミウラを認めてもらおうと知恵を絞る姿やミウラに携帯電話をもたせたものの連絡がつかないことにやきもきする様子からは、彼に対して深い愛情を持っている姿が浮かび上がってくるように思います。ミウラの交際費や生活費は結局ナナオが負担しているという現状から内縁関係がすでに成立しているようにもみえますし、夫婦であっても生活費以外は連帯責任を問われないという法的前提も踏まえると、母親ならずとも「特に結婚を拒む理由もないのでは?」と言いたくなってしまう気持ちも理解できる気がします。

 本コラムでもたびたび紹介している、国立社会保障人口問題研究所の調査によれば、結婚の利点の評価は男女でばらつきはあるものの、基本的には同じ傾向を示しています。そこで挙げられているのは、上から順に、「子どもや家族を持てる」が男性33.6%、女性47.7%「精神的安らぎの場が得られる」が男性32.3%、29.7%、「親や周囲の期待に応えられる」が男性14.6%、女性19.1%となっています。

 しかし、本作でナナオが示しているように「子どもや家族を持つ」「精神的安らぎを得る」は結婚しなくとも得ることができます。本作の冒頭で挙げられている「金も要らなきゃ男も要らぬ 私はとにかく子が欲しい」という宣言は、「親や周囲の期待に応える」ことはしないが、子どもを持ち、安らぎの場を得たいというナナオなりの人生の優先順位が示されているといえるでしょう。

 「とにかく子が欲しい」ナナオですが、見ず知らずのドナーではなく実質的な夫ともいえる「ミウラの子がよい」、しかし「ミウラに父親/夫役割を期待できない」そして「そのことを肯定したい」というのが彼女の本音であり、ねじれです。彼女が「おひとりさま出産」を掲げるのは、このねじれを正当に解消する方法が「おひとりさま出産」に他ならないからでしょう。

 結婚と出産をめぐるさまざまな葛藤を取り上げる本作ですが、結婚ものの定番である「かけがえのない相手との愛情の証拠として結婚したい」というロマンティックな願望には潔いほど触れられません。「おひとりさま出産」を選ぶナナオに対して、従来の結婚観、家族のあり方や世間体を持ち出して反対する母親の描写はありますが、ロマンスにもとづいた結婚・出産のプロセスに対しての言及はみられないのです。ナナオは「それだけ好きな相手と出会えたんだから、結婚すればいいんじゃないの?」という容易に想像できる批判に対してどのように応えるのでしょか?

 実はこの要素は無視されているのではなく、こっそり入れ込まれているように感じられます。それを示すエピソードはたくさんあるのですが、そのひとつとして「仲間と一緒に1カ月ほど海外を回ってくる」と突然言いだしたミウラに対して「結婚しないのだから、好きなだけ自分探しをすればよい」と快く送り出すくだりを挙げておきましょう。

 このくだりからは、結婚をしていないからミウラの自由な生き方を肯定できる。子どもを持ったから自分の生き方を肯定できる。ナナオが掲げる人生には子どもを介してミウラが組み込まれていて、「結婚しない」ことで逆に彼と一緒にいることができるのだというナナオの決断を読み込むことができるのではないでしょうか。「おひとりさま出産」は結婚という制度から離れた人生を選択できるナナオの行動力に支えられているようにみえますが、実はミウラとナナオの親密な関係なくして成り立たない物語であるように感じられます。ナナオは幸いにもミウラに出会うことができましたが、そのような相手に恵まれること自体がかなりの幸運なのではないでしょうか。母親の問いは世間体を発端にしたものではありますが、ふたりの関係の根本を問うているともいえます。

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