社会

「未婚で子どももいない市長とは議論できない」 育児問題に言及していいのは、経験者だけなのか

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「私は経験している。あなたは経験していない」の問題

相馬議員は「以前の市議会で市長から『お母さん』と呼ばれたこともあり、親心で子育ての重要性を訴えた。結婚は私的なことで、誤解を招く表現だったが、悪意はなく、戒告は納得いかない」と今回の件について話しているそうです。

そもそも、市議会で市長から「お母さん」と呼ばれたことは問題視していないという本人の意識の低さに驚くばかりです。企業で働いていたとして、部長が部下や同僚の女性に対して、子どもがいるからといって本人の名前ではなく「お母さん」と呼んだら、これは完全にセクハラであり、問題視すべき発言です。こういった、日頃の「感度の低さ」が今回のやりとりを招いたのだと思いますが、彼女は「母である」ということに誇りを持って、市議の仕事をしてきたのでしょう。

しかし、子育てや教育の問題は子育て経験のある人、子育てをしている人しか語ってはいけない問題なのでしょうか?

今回の発言はそのセクハラ要素も大きな問題ですが、実はもっと重大なのは、「私はこう思う。なぜなら私はそれを経験したから。あなたにはわからない。なぜならあなたはそれを経験していないから」という考えのもと、「当事者以外にこの問題はわからない。だからあなたとは話したくない」という態度をとることの愚かさです。

相馬議員は「母親を代表している」「子育てをめぐる問題を解決したい」という意識を持ち、実際に地元の母親たちのたくさんの支援を受けて、当選を果たしたのかもしれません。しかし、彼女に投票した人は母親だけではなかったはずです。彼女と同じ問題意識を共有し、彼女に投票した人の中には未婚の男性、未婚の女性、子育てを一生経験しなかった高齢者など、様々な人が当然います。議会という開かれた場で、あらゆる立場の人からの投票によって当選した議員が、ある特定の経験のみを代表しているかのような発言を無意識にしてしまうことは大きな問題でしょう。

日本には、障害者、性的マイノリティ、そしてそもそも投票権のない外国人など、多くのマイノリティがいます。彼らと経験を共有している当事者にしか、彼らの抱える問題を論じることができないと政治家が考えるとすれば、必然的にマイノリティの意見が政治の場に反映されなくなってしまうでしょう。こうした態度は社会問題の解決の糸口を自ら閉ざすものにほかなりません。

非当事者と当事者を繋ぐ当事者性

そもそも「当事者」とは何でしょうか?

当事者とは、ある問題について個人的に経験している、経験していたなどの個人を指します。当事者同士であれば、同じ問題によって被る被害や問題意識を共有しているので、前提説明をすることなく、同じ土台に立った円滑なコミュニケーションを取ることができます。

しかし、非当事者と当事者では、当事者間で行われるような円滑なコミュニケーションを取ることはできません。経験したもの同士ならば必要のない説明をしなければ、非当事者と当事者は同じ土台に立ってコミュニケーションを取ることはできないのです。

そこで、社会学では「当事者性」ということを重要視しています。当事者性は、必ずしも当事者でない人でも、当事者の気持ちや経験を学び、共有することができる状態のことです。当事者性を共有することで、当事者でない者でも当事者と同じ土台に立ってコミュニケーションを取ることができます。

たとえば、目が見えている人でも、目が見えない人の話を聞いたり、彼らが苦労しているところを実際に見たり、あるいは目隠しをして日常生活を送ってみるなどの疑似体験を通して、当事者性を持って、目が見えない人の抱える問題を解決するためにコミュニケーションを取ることは可能です。

ここで重要なのは、非当事者に対して、いかに当事者が自分の経験を説明するかということです。これは簡単なことではありません。どんなに頑張ってもうまくいかないこともあるでしょう。全く違う言語で話す宇宙からの侵略者に話しかけるのと同じくらい大変かもしれません。また「差別されている側が、なぜ差別している側に対してわざわざ労力をかけなくてはならないのだ」という批判も存在します。しかし、当事者が歩み寄り、非当事者にもわかる言語で話したり、自分の経験を相手の言語に翻訳して話す以外には、当事者性を持つ人を増やすことはできません。

もちろん、非当事者はどこまでいっても当事者にはなれないので、当事者の全てを理解し、全く同じ思いを共有することはできません。例えば、どんなに男女差別の問題を理解し、女性を応援したいと思っている男性でも「僕の意見は女性の意見だ」ということはできません。それでも、社会を変えるには当事者以外の人たちの理解や支援を得ることが必要なのです。

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